昼休みの学生食堂。アレックスの隣に腰を下ろしたエドワードは、向かいに座るニコラスの隣でオスカーが早々に昼食を平らげ、教科書を広げているのを見て目を丸くする。
「何やってんの?」
「見てわかるだろうよ。どっからどーみても勉強だろーに」
「だってオスカーが教科書広げてるとこなんて初めて見たぜ」
「試験前だろーが!おまえにゃわからん苦しみだろーが、俺は必死こいてやらねーと単位が来ねえんだよ」
「あー、そういえばそんな時期か…」
エドワードが取っている講座はレポート提出がほとんどなので、試験があることなどすっかり忘れていたのだ。確か一つだけ教場試験があるはずだけれど、おそらく問題ないだろう。勉強なら常にしている。
「そんなに焦るなら普段からやってりゃいいじゃん」
「それが出来れば苦労しねーよ…。なんでもかんでもおまえ基準で判断するな」
まったくだよねぇ、ニコラスが合いの手を入れる。けれども彼も慌てた様子はなく、手にしているのは今朝の新聞だ。一面をエドワードたちに向けて、ねえ、と問い掛けてきた。
「聞いた?シンとの同盟が成立したってよ」
シン?思わず眉を顰めたエドワードの脇で即座に反応したのはアレックスだ。
「聞いた。軍事同盟ではなく平和条約による産業提携だってな。マスタングが主導でシンの皇子の協力を取り付けたんだろ?」
「そーそー、その功績で中将に昇進したらしいね」
「31歳で中将か…」
「出世頭だよねー」
友人たちが彼と自分の繋がりを把握しているかは知らないけれど、彼の話題を出されるのはなんとなく面映ゆい。エドワードは出来るだけさりげなく話を逸らそうとする。
「でも若くて出世した人間なら他にもいるだろ。アームストロング大将とか」
話に加わったエドワードに、お、とニコラスが目を瞬かせた。何か変なこと言ったか?そう尋ねる間はくれず、彼はエドワードの言葉を拾う。
「氷の女王様のこと?でも彼女、北と中央を行ったり来たりしてるから俺らには印象薄いなあ。美人だけど」
「マスタングはここ数年ずっとセントラルだしな。街中に顔を出す人間だから国民の人気もある」
「なんにせよ、大総統がくたばったら次はあの二人のどっちかだろ」
話題が逸れてくれない。エドワードは不満に思ったけれども、国民に噂は案外正しく伝わっているものだと感心する。軍の内情をある程度知る自分の目から見ても、彼の政敵となるのはオリヴィエくらいのものだろう。
それにしても、とエドワードは嘆息する。
――もう中将か。
確かに未だ彼のもとに向かえないのはエドワードの勝手な都合だ。彼が大総統への道を着実に歩んでいることだって応援している。けれどももう少し、ゆっくり歩いてくれてもいいじゃないか。そんなにハイスピードで突っ走られて、エドワードが彼に会いに行くより早く大総統になってしまったら目も当てられない。彼の役に立つつもりでいるのに、それでは権力者に諂うようではないか。
だけど、どうしようもないのだ。実験するわけにはいかないこの分野は、どうしたって時間がかかる。
できるのは、どうか間に合いますようにと願うことだけ。
エドワードはスプーンを握る自分の右手を見つめた。彼はまだこの生身の腕に触れていない。
少しだけ。本当に少しだけ。
彼の低い体温を、恋しいと思った。