「おかえり!」


 1年ぶりの幼馴染の帰還に、ウィンリィはアルフォンスと連れ立ってリゼンブールの駅まで迎えに行った。小さく笑って照れたようにただいまと返すエドワードに、成長したなあと思う。昔の彼ならば、怒鳴ってウィンリィたちを邪険に扱うくらい、しそうなものなのに。
 彼の成長は嬉しくもあり、ほんの少し淋しくもある。伸びた背に素直に言及すれば、今度こそエドワードはしっかりと破顔した。


「どのくらいこっちにいられるの?」
 余程お腹を空かせていたのか、エドワードはもの凄い勢いで夕飯のシチューとデザートに焼いたアップルパイを平らげた。最近料理が趣味になりつつあるアルフォンスと二人で用意したものだ。
「ひと月くらいいようかと思ってる。向こうでやんなきゃいけないことは特にねえし、勉強ならこの家でもできるし」
「大学はどう?」
「楽しいよ。やっぱ国のトップレベルだけあって授業は面白い。蔵書も豊富だしな」
「兄さん、後でどんなことやってるのか教えてよ。やっぱりボクも一度は大学に行って勉強した方がいいかなあ」
「おまえはまだ体調が万全じゃないだろ、ここに居た方がいい。ここでもおじさんたちが残してくれた本は沢山あるし、足りなければ俺がセントラルから送ってやるよ。だから無理すんな、体を第一に考えろ」
 相変わらずの過保護っぷりにアルフォンスと顔を見合せて、二人で笑う。なんだよと口を尖らすエドワードの仕草は昔とちっとも変わらない。
「そう言うあんたこそ、まともな生活送ってるの?勉強に集中してゴハン食べ忘れてるのがカンタンに想像できるんだけど」
「メシは食ってるよ、昼は大学で食うし、夕飯時になるとウチに友達が来るし」
「…友達?」
「あんたみたいなバカでも友達できたんだ…!おめでとうエド!」
「ウィンリィ、明日はお赤飯炊こう!」
「うん!」
「おめーら…」
 エドワードはうんざりした表情をするけれど、実際のところ、それはウィンリィたちの最大の懸念事項だった。もとより優秀なエドワードが大学の授業についていけない心配などはしていない。不安だったのは何かに熱中すると寝食を忘れる彼の性癖と、他人との接触の有無だ。17歳で3年次編入を果たした彼は周りと少なくとも3つは年が離れているだろうし、国家錬金術師であったことが隠せるとも思えない。特異な環境の中で、おそらく積極的に人と関わるよりも研究第一に生活するであろうエドワードを気にかけてくれる人がいるかどうか、本当にそれを心配していたのだ。
「そっかあ…。それなら何も心配することはないね。大佐…じゃないや、中将にもちゃんと会ってるんでしょう?」
「…え?」
「え、って……え?」
「…会ってないの?」
「なんで会う必要があるんだよ」
「なんでじゃないよ、曲がりなりにも兄さんの後見人じゃないか。…もしかして、あれから全然、軍部のみんなに会ってないの…?」
「…おう」
「あーもう兄さんのバカー!」
「エドのバカー!」
「バカバカ言うな!なんでだよ!」
「わかんないところが更にバカー!!」





「ねえ、なんで会いに行かないの?つまんない意地なら張るのやめなさいよ。ホントは会いたいんでしょ?」
 食事を終え、立腹したアルフォンスは風呂へと向かった。ふくれっ面をしているエドワードにコーヒーを淹れてやりながらウィンリィは尋ねる。
 本当は、なんでこんなことを自分が聞いてやらないといけないのか、と思う気持ちもちょっぴりある。だってウィンリィの初恋はエドワードだ。彼の背中に胸を焦がしたのは、そう遠い昔のことではないのだ。
 エドワードはウィンリィとアルフォンスが付き合っているのと思っているのだけれど、実のところ、それは半分しか当たっていない。ウィンリィはまだ返事をしていないのだ。アルフォンスに告白されたのはエドワードがこの家で暮らしていた頃のことで、返事に詰まったウィンリィに彼は笑顔で言った。今はまだ、兄さんが一番でいいよ。だって僕のいちばんの座も当分は兄さんに奪われたまんまだろうし。ウィンリィの気持ち、よくわかる。
 そのアルフォンスの言葉を受けて、ウィンリィはこの恋を清算しようと決めた。エドワードが自分に向けるのは恋情なんかじゃなく、幼馴染に、家族に向ける愛情のようなもので、それはきっとこの先も変わらないことをウィンリィは知っている。あの黒髪の大人がいる限り、エドワードが彼を追い続けるのなんてわかっている。ならば自分も同じだけの強さで彼に返そうと思ったのだ。おかえりなさいと言ってあげられる、故郷の家族として。
 だからエドワードには揺れないで欲しい。ずっと彼だけを追っていて欲しい。

 自分自身の想いに気付かないフリなんてしないで欲しい。
 
「意地っていうか…むしろケジメなんだけどなあ、俺にとっては」
 エドワードは困ったように笑って言う。ウィンリィの知らない表情だ。妙に大人っぽく見えてウィンリィこそ困る。
「なによケジメって。いい加減あんた認めなさいよね、あの大佐…じゃない中将に会いたいんでしょ。あの人のこと好きなんでしょ。ごまかすのなんかやめなさいよ。他の誰を騙せたって、自分にウソを吐き続けることなんかできっこないんだから!」
 ぱちくり、とエドワードは目を瞬かせる。
「なによ、まだ認めないわけ?言っておくけど言い訳なんか聞かないわよ!」
「いや……そうじゃないくて」
「なによ」

「俺、それを認めないなんて、言ったことあったっけ?」

「…………はいぃ?」
「だからさ、俺、わかってるよそんくらい。あいつのこと好きだよ。まさかウィンリィにまでバレてるとは思ってなかったけどさ。アルにバレてることも解ってたし。デキのいい弟だから何も言われなかったけどな!」
 ウィンリィは唖然とした。だったら、どうして!
「さっさと会いに行きなさいよ!」
「だーかーらー、ケジメなんだって!俺は確かにそーゆー意味であいつが好きだけど!それだけじゃなくて!フツーに人間としてあいつのことが気に入ってるんだよ、手助けをしてやりたいと思うくらいには!傍にいたいってのよりも役に立つ人間になりたいって気持ちのがデカいんだよ、でもそのためにはまだ力量が足りねえの!あいつに会って満足しちゃったらヤだからまだ会わねえの!わかったか!」
 エドワードは腕を組んでフンとそっぽを向く。どうやら照れているらしい。そこにアルフォンスが濡れた髪をタオルで拭きながらリビングに入って来た。
「ちょっと兄さん、何恥ずかしいこと大声で叫んでるのさ…」
「う、うるさいな!ウィンリィが変なこと言うから…」
 すると、気遣うようなアルフォンスの目がウィンリィに向けられる。エドワードの想いなんて随分前からわかっているから心配なんていらないのだけど。
「…ばかみたい…」
「ああ!?」
「うわ、どーしよあとからくる…!あっははははは!ちょ、エドあんたほんっとバカ!あんたが通常規格から外れてんの忘れてたあたしもバカだけど…!そうよね、常識とか可愛げとか求めるのが間違えてたわ!あはは!」
「なんなんだよ…」
 ウィンリィの気持ちなんてこれっぽっちもわからないエドワードは笑い続ける自分に弱り切った顔をする。彼のその表情を見て、終わったなあとウィンリィは思った。






 大丈夫よアルフォンス、あたしは平気。待っててくれてありがとね。
 初恋なんて可愛い想いにはきっぱり別れを告げたから、
 優しいあんたと、とびっきりの恋をしよう。