「何か、欲しいものは?」
「賢者の石」
「…それ以外で」
「なにもねーよ」
「物欲がないのも考えものだな…。面倒だ」
「だっから祝わなくていいっつってんだろ!勝手に祝おうとしてめんどくさがるな!」
「そうだなあ…。あ、いいことを思い付いた」
「人の話を聞け」
「そう悪いものじゃないさ。若干痛いかもしれないがね、まあ冷やしてやるし。ほら、ちょっと大人しくしなさい」
「だから話聞けって!」
「…悪夢だ」
アパートの天井を見上げながらエドワードは呟いた。なんだってあんな昔の夢を見たのか――、なんて理由はわかっているけれど。昨日届いたアルフォンスとウィンリィからの誕生日プレゼントのせいだ。
誓って言うが、二人からの贈り物は嬉しい。アルフォンスお手製の苺のジャム(彼の料理は既に趣味と言うよりも特技の域に達している。いつでも嫁に行けるだろう、流石は自分の弟だ)とブックカバー、それに数枚の写真。並んで写っているウィンリィとの身長差から察するに、彼はまた背が伸びたのではないだろうか。エドワードもそろそろチビというあだ名からは卒業できそうだが、逆立ちしても長身とは言われないだけに、その成長ぶりがちょっと妬ましい。まあ、そんな悩みは彼が健やかに生活している幸せに比べたら取るに足らないものだ。
ウィンリィからのプレゼントだって嬉しい。嬉しいけど、問題なのだ。
彼女が送って来たのは鈍色のピアスだった。生身の腕と足を取り戻した時に彼女に返した機械鎧の一部を加工したものだ。機械鎧を受け取ったウィンリィは毎年の誕生日にそれを身に着けられるものに加工してプレゼントしてくれることを約束したから、このピアスだって特段おかしなものではない。ちなみに去年の誕生日にはネックレス。
だけど、ピアスなのだ。それもひとつだけ、片耳分だけ。
「あいつ、気付いてたんだ…?」
エドワードは右耳にだけピアスホールがある。けれども普段ピアスを付けることはないし、耳は髪で隠れているから何も付けていないピアスホールが目立つことはない。エドワードがひとつだけ持っている小さな黒いピアスだって、ウィンリィが見たことはない筈だ。それなのに、この小さな秘密のことを知っている。
「アルから聞いたのか…?」
けれどアルフォンスにだって話していないのだ。このホールを開けた経緯が恥ずかし過ぎるから。安全ピンで刺した後しばらくはピアスを付けていないと穴が塞がってしまうからと言われ、黒いピアスを付けようとした男に懇願してまで小さな金色のものを買ってもらった。少しでも目立たないように。ひと月ほど付けていて、荒っぽい旅の中でぼろぼろになったそれは既に捨ててしまったけれど。
エドワードの髪によく似た色だったし常に髪に隠れていたし、アルフォンスに言及されたことはない。ないのだけれど、情報源として思い当たるのは彼しかいないではないか。そして、彼が気付いていたのに何も言わなかったなら、それは誰によって付けられたかのかまで把握していたからに違いない。
「こっぱずかしい…!!」
兄を苦悩させることを知ってか知らずか、アルフォンスはいつだってそうやって要らない気遣いをする。自分と男との間には甘い空気も約束も、そんなものは何一つないというのに。生ぬるい目で行ってらっしゃいと執務室に放り出される気恥ずかしさといったら!
「ちくしょう…」
エドワードはウィンリィの鈍色のピアスを手に取る。
かつて自分の一部だったもの。この腕を、足を、アルフォンスを取り戻すのになくてはならなかったもの。
「…こっちの方がよっぽど御利益ありそうだっての」
掌のピアスを右耳に付ける。黒いピアスを寄越した男へのせめてもの意趣返しだ。
「電話しなくちゃなあ…」
リゼンブールの弟と幼馴染に、感謝の言葉を。けれどもピアスの礼を言おうものならウィンリィは根掘り葉掘りこのピアスホールの経緯を聞いてくるに決まっている。間違いなく。
軽い憂鬱を覚えてエドワードは目を閉じた。瞼の裏に浮かんでくるのは先程までの悪夢の続き。
「サイアク…。血ィ出てるし。服に付いた」
「そのための黒だろう?……わかった私が悪かった、だからそんな目で睨むのはやめなさい」
「…ったく…。なんでピアスな訳?」
「旅の邪魔にならないコンパクトさで、いつでも着脱可能。君にはぴったりじゃないか」
「だから、なんでそもそもこんなモン付ける必要があるんだよ」
「君にあげたそのピアスの石はね、オニキスと言う」
「…だから?」
「淋しくなったら付けるといい。私の色だろう?」
「……変態」