3ヶ月ぶりに訪問したセントラルの友人宅はもぬけの殻で、どうしたものかと思案しているうちに、リンは今日が平日であることを思い出した。当然エドワードは大学に行っている筈だ。これまで何度か訪ねて来た時にはいつもタイミング良く部屋にいたものだから彼が大学にいる可能性を失念していたのだ。
急ぐ用でもなし、そのまま無人の部屋で帰りを待っても良かったが、時計を見れば丁度昼時。食事がてら、初めて行った時には不審者扱いされてゆっくり見ることもできなかったエドワードの学び舎を眺めるのも良いかと足を運んだのだった。
前回見咎められた守衛に自ら声を掛けると、からりと笑って通された。
「エルリックの友人だろ。あの時は悪かったな」
どうやらエドワードは随分と好印象を持たれているらしい。無意識だろうが、守衛にまで顔を売っているのが何とも彼らしいとリンはひっそり笑った。
と、その時後ろから声を掛けられた。
「糸目かー?」
数回話したことのあるエドワードの友人だ。初めて会った時、エセエンヴィーと漏らしたところエドワードに激しく首肯された。名は確かニコラスだ。
「エドに会いに来たのか?ちょーど今からメシだ、おまえも来る?」
無論、その誘いに乗った。そして今に至るのである。
「じゃあリンも知らなかったんだな?エドの誕生日」
「女でもないシ、一々話題にしないだろウそんなコト」
「ほら見ろ!俺がおかしいわけじゃねえ!」
「二人してわかってねえなあ、馬鹿騒ぎしてこその誕生日だろーよ」
「つか古い話を蒸し返すなよ…」
案内された食堂には既にエドワードとアレックス、オスカーが揃っていた。どうやら話題は2ヶ月程前のエドワードの誕生日らしい。エドワードが自分の誕生日を彼らに教えなかったことで責められているようだ。
リンは勿論彼の誕生日など知らなかった。彼とまともに交流があった数年前、誕生日なんぞを悠長に祝っている暇はなかったのだ。
「…アレ?そう言えバ、教えてもらえなかったならなんで誕生日だってわかったんダ」
素朴なリンの問いに、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりにオスカーがにんまりと笑った。
「コレだよコレ!どうしたんだって聞いたら誕生日プレゼントだとさ」
そう言ってオスカーはエドワードの髪を掻きわけて右耳を見せた。そこには見慣れない鈍色のピアスがひとつ。
「…アルからカ?イヤ弟はそんな洒落たものを兄には送らないナ、さては奴カ?」
「ちっげーよ!」
「ムキになるところが怪しイ」
リンがにやにやと笑うとニコラスが横やりを入れる。
「奴って誰?」
「アー……、エドの恩人」
「誰が恩人か!」
「そうだろウ?あいつがいなければ今のエドはないってアルフォンスもウィンリィも言ってたゾ」
「ああもうあいつら余計なことばっかり!」
「なあそれって、『知り合い』!?」
「…ハァ?」
勢い込んで聞くニコラスに、リンとエドワードは可哀想な頭の人を見るような目を向けた。恩人だと言っているのだから知り合いであるのは当たり前だろうに。
しかしアレックスもオスカーも、我が意を得たとばかりに頷いている。
「あの昔は煙草を嗜んでいたっていう」
「確か黒髪だったか?」
「コーヒー党だとか」
「セントラルに住んでるんだろ?」
「三十路だってな」
「でもぜってー名前は教えてくんねえの」
リンは先程までニコラスに向けていた目をそのままエドワードにスライドさせる。
「…………エド、おまえ」
「何も言うな!」
「エー?どうしよっかナー」
「面白い話をしてるな」
唐突に声が飛び込んできた。振り返ると若い青年の姿。学生ではないだろう、講師だろうか。
「あ、リード先生」
「やー、楽しそうだなおまえたち。それアレだろ、アイツの話題だろー?」
「ちょ、先生、それはどーでもいいから!それよりコイツ!例の不審者!」
「誰が不審者ダ」
「話そらすなよー」
やはりこの青年は教える側の人間らしい。リンとニコラスはそれぞれ不平を述べたがリードと呼ばれた青年はリンに興味を示したようだ。
「君がシンの?」
「そうデスガ、何カ」
「あ、悪い。俺はウィリアム・リード。シンの医学に興味があってさ、良かったら話を聞きたいなと」
「そういう事ナラ」
母国の話を進んで聞いてくれる人間がいるというのはやはり嬉しい。隣に座ったリードに体を向けて本格的に話し始めたリンに、ニコラスが不満そうに声を掛ける。
「今はいいけど、後でちゃんと話せよなー」
「気が向いたらナ」
そんなことを言いはしたけれど、話す訳にはいかないだろうなとリンは思う。仮にも相手は一国の要人だ。
同性の恋愛が一般的とは言えないこの国で、彼らが公然とその関係を主張できることはないだろう(もっともエドワードは恋人などではないと反論するが)。一握りの人間しかその関係を知らず、その中で完全にエドワードの側に立てる人間は更に限られてくる。あの男の部下たちが、男の立場を最優先することは目に見えているのだから。
若いうちに軍という大人社会の中で生きて来たエドワードにとって、彼のバックグラウンドも男との関係も何もかも、すべて隠さずに接することのできる同世代の友人は自分だけの筈だ。
だからこそ、とリンは思う。
だからこそ自分だけは、友人として最後まで彼の味方でいてやろうと、そう思っている。