「いらっしゃーい…………。おーっ、久し振り!」
 店番をしていたハボックは珍客に声を上げる。金色の青年は、照れたように久し振り、と笑った。



 店先にちゃっかり「骨休め」の札を掛けて、ハボックはエドワードにコーヒーを振る舞った。
 成長したな、と感慨深くエドワードを眺める。豆粒と称されていた身長は随分と伸び、若干華奢ではあるものの骨格がしっかりとしてきた。長い蜂蜜色の髪はひとつに括って後ろに流され、ツリ目気味の金の瞳は涼しげな印象を与えている。若者特有の危なっかしさと彼生来のたくましさが同居していて、子供のころにはなかった魅力が輝いている。
 それから半袖のシャツから覗く右腕に目を向ける。そこにあるのは紛れもない彼の生の肉体だ。
「しっかしまー、ホントに久しぶりだな!軍部のゴタゴタのあと大将が行方くらましちまったから、俺の入院も含めりゃあもう3年は会ってないのか?」
「みんなには良くしてもらったからワリィとは思ったんだけどさ。急がないとアルの体がやばかったからな。でも大佐…今は中将か。あいつに連絡はしたぜ」
「らしーな。錬成に成功したらしいのに会いに来ないって嘆いてたぜ。ここに来たってことは中将ンとこにも行ったんだろ?」
「…………」
「…まさかと思うが…。会ってないのか?錬成以来会ってないのか?ここに来る前に、一度も?」
 否定してくれることを祈りながらハボックは聞いた。肯定されようものなら、そしてそれがあの大人げない大人にバレようものなら、指パッチンを喰らうことは間違いない。彼ならやる。
「……会ってない」
 泣きたい。ハボックは本気で思った。
「なんでだよー!!会いに行くのが筋ってモンだろが!感謝してんだろあんな人相手でも!やめろよマジこえーよ俺もうあの人に会えねーよ!」
「感謝してるから錬成の報告はしたんだよ!ツトメは果たした!」
「いやいやいや!あの人がそんなんで満足する訳ないだろ!今でもおまえがどこにいるかは把握してんだぞ奴は!」
「…え?」
「セントラル医大だろ?聞いたぞマスタング中将から」
「なんで知ってんだよあいつ!」
「そりゃー調べたんだろ、あの人の執念深さをナメちゃいけねーよ…」
「調べようと思えばやれるんだろうとは思ったけどさ…。ひでぇ…」
 そりゃこっちの台詞だ大将。ハボックは天を仰いだ。



「で、なんで会いに行かないんだ?実際のところ」
 落ち着いたらしいエドワードに問う。それはずっと疑問に思っていたことなのだ。
「ん、中途半端なまま会いたくなくて」
「何が半端なんだ?」
「アルと自分が元に戻るっていう目的は果たしたし、俺はあいつの役に立ちたいと思ってるけどさ。あんときの俺なんて、まんまガキじゃん。そのままあいつのトコに行ったって何の役にも立たないと思ったんだ。だから俺は俺で力を付けてそれからあいつのとこに帰ろうと、そう思って」
「それならそれでどうしてあの人にそう言わないかねえ…」
「やだよカッコ悪ィ。ちゃんとしてから会いに行く」
「あの人はおまえが隣にいるだけでも喜ぶと思うけどねえ」
「俺たちはそんなんじゃねえよ。第一、役に立たない俺を隣に置いて満足するようなあいつは嫌いだ」
 真っすぐに自分を睨みつけて宣言するエドワードに苦笑する。意地っ張りなところは何一つ変わっていない。
「ま、おまえがそこまで言うならこれ以上は言わないさ。上手くやれよ。
 で、本題は?昔話をしにここに来たわけじゃあないんだろ?」
「うん。…あのさ、少尉の足なんだけど」
「ストップ。少尉はねえだろ、退役して3年経つのに」
「あ、そっか。なんて呼べばいい?」
「今更おまえにさん付けされんのも嫌だしなあ…。ジャンでいいよ」
 あの人にバレたら殺されそうだけど。とりあえず、彼の前でエドワードが自分の名前を呼ばないことを祈る。
「呼び捨てもなんかなあ…。ジャン兄とか、呼んじゃダメ?」
「いいけど…」
 弟のように可愛がっている青年に照れたように請われ、拒否などできるものか。けれども元上司に知られたらレアでは済まないだろう、きっとウェルダンだ。
「ありがと。んで、ジャン兄の足なんだけど。……今でも動かないんだよな?」
「おう、残念ながら。感覚もねえな」
「病院とかは?」
「たまーに検診とリハビリで行ってるぞ。おかげで上半身を動かす分には問題なくなったが、下は無理だ。医者にも諦めろって言われたよ」
「それなんだけど」
 エドワードは真摯にハボックを見据える。

「俺に、預けてくれないか?」



「…どーゆー意味だ?」
「勿論今すぐって話じゃない。だけど、今俺が医学部にいるのは知ってるんだよな?」
「だけど」
「あのさ」

「俺は医療系錬金術師になる。今学んでる医学と錬金術を融合させてみせる。脊髄解剖学だって学んでる。
 これが一番役に立つって考えたんだよ、俺の為にもあいつの為にもあんたたちの為にも。駒が少ないって言って自分たちで動いて、怪我して病院担ぎ込まれてばっかりだろうあんたたち。考えたんだよこれでも、俺の唯一の特技の錬金術を平和に使える方法を。あいつの、あんたたちの力になれる方法を。俺の目の前にいる人間を救ってやれる方法を。幸い俺はもともと生体錬成が専門だから医学の基礎はあったようなもんだ、荒唐無稽な話なんかじゃない。
 なあ、あんたの足を治すよ。力にならせてくれ」

 ハボックは瞼を閉じる。もとよりエドワードの錬金術の腕前を疑うつもりなどはない。彼はできることしかやれると言わない。そういう人間だ。
 手を組んで、それからゆっくり目を開けてエドワードに視線をぶつける。
「…いつだ?」
「…信用してくれるのか?」
「鋼の大将の腕を疑ったことはねえよ。おまえができるっていうならできるんだろ。いつだ?」
「…理論は殆どできてる。だから来たんだ。半年以内には必ず」
「了解。こっちも色々準備しておくよ」
「おう!」
 エドワードは立ち上がる。どうやら本当にそれだけを言いに来たらしい。慌ただしさも変わらない。
「じゃーな!」
「おー。そのうち向こうにも顔出せよ」
 この足、よろしく。そう言って敬令したら、泣きそうな顔で返令された。

「…ありがと」







「それは俺の台詞じゃないのかねえ…」
 ハボックは苦笑いして紫煙をくゆらせた。








 なあ中将、今更だけどあんた、本当にスゴいの連れてきたんスね。
 希望をくれるそうです。
 あんたが絶望の淵から引っ張り上げたガキは、自分たちが立ち直るだけじゃ気が済まないらしくて、
 俺もあんたもどーしようもなく馬鹿な大人なのに、こんな俺たちにも希望をくれるそうです。
 あんたの役に立ちたくて、あんたのところに帰るそうです。
 馬鹿みたいだ。本当に馬鹿なこどもだ。
 これからいくらでも自分の未来を掴み取ることが出来たのに、あんたにやっちまいたいなんて。
 なあ、頼みますからあの馬鹿、幸せに生きさせてやってください。
 もーちょっと自分を省みて、幸せに生きられるようにしてやってください。

 あれは希望です。俺たちの希望です。
 だからどーか、あんたもあいつの希望でいてやってください。