「いよッ、また派手にやらかしたな!」

 セントラルシティの街中は宵の口でも賑わっている。比較的静かな、士官学校時代からの行きつけのバーでロイがひとり呑んでいると、陽の空気をまとった待ち人は騒がしく店内に駆け込んで来た。
「…俺がやらかした訳じゃない」
 納得いかない、という表情を全面に押し出して主張すれば、友人はコートを脱ぎながらガハハと笑っていつものシングルを注文する。
「おんなじだろーが。噂になってるぞ、いやもう噂なんてもんじゃねーな!竜巻のよーに話が流れてるな。あの焔の錬金術師がとんでもない12歳の子供を連れて来た、ってな!男はやっかみ女は憧れってとこだな、全くおまえさんらしいよ」
「まあそこは仕方ないな、俺はあらゆる意味で魅力的らしいから」
「自分で言ってりゃ世話ないな。で?どうなんだよその子供は。つかなんで子供なんて連れてきたんだこんなところに。その意味がわからない訳ないだろおまえが」
 椅子に座り、途端に声を潜めたヒューズに苦笑する。勿論聞かれるだろうとは思っていたが、いの一番にその話を持ってくるあたりが彼らしい。
「子供だが腕は確かだ。どこで修業したのか根掘り葉掘り聞きたくなるくらいの腕前だな、少なくとも俺に匹敵はする。もしかしたら純粋な錬金術師としては彼の方が上かもしれない」
「…そんなに?」
 ヒューズは眉を顰める。道理だろう、彼はイシュヴァールで焔の錬金術師としての自分を目の当たりにしている。
「ああっ、じゃなくて!わかってんだろ、腕前の話はしてねえ!つか俺にはおまえらビックリ人間の技の上下はわかんねえ!そーゆーことじゃなくて、」
「わかってるよ、彼の年齢のことだろう?」
「わかってるなら最初からその話をしやがれ」
「まわり道をしながら話をした方が女性は喜ぶからな。覚えておけよ」
「俺はグレイシア一人で充分だ。で?」
「せっかちだな…。ああ、わかったから怒るな。俺だって考えもなく子供を軍に引き入れた訳じゃないさ。1年前に初めて会った時、彼は既に地獄を見ていた。死人のような目をしていた。そのまま放っておいても生きながら死ぬだけだと思ったからな、だったら這い上がれと、生き返るために最も手っ取り早いのは国家資格だと伝えただけだ。まさかこんなに早く顔を出すとは思ってなかった」
「…何があったんだ?」
「それは言えない。いずれ言うかもしれないが、まだ無理だ。彼のプライベート…というよりも場合によっては生死に関わるかもしれないから」
「穏やかじゃねえな。12歳のガキだろう?」
「ガキだな。見るからに。ただしね、あれは天才の部類に入る人間だよ。…もっと周りに大人がいれば良かったのかもしれないな。天才の孤児なんて、誰もストッパーがいないじゃないか」
「孤児か…。世話をしてくれる人間は?」
「田舎の人間だしな、近所の婆さんが面倒を見てくれていたみたいだ。機械鎧もそこで付けたらしい」
「機械鎧!?子供が!?」
「聞いてなかったのか?右腕左足、2箇所がそうなんだが」
「…壮絶だな」
 やってらんねえ。そう言ってヒューズはウィスキーを呷る。
「それで?どうすんだこれから。軍属ならその田舎に引きこもってる訳にもいかないだろうが」
「探し物があって旅に出るそうだから基本的には放っておくよ。公私ともに後見人は引き受けるし」
「…公私共に?」
「私的にだって必要だろう。未成年なんだから、宿や駅で保護者の許可を求められることもあるだろうに」
「いや、うん、そうなんだけどよ。俺だったら間違いなく引き受けるけど」
「…何が言いたい、ヒューズ」
「随分気に入ってるんだな、その子供。今までおまえが自ら面倒見るなんて言った人間、いないだろーよ」
「…子供だからな」
「その割に子供扱いしてる様子はないけどな。わかっててやってんのか?12歳の子供の三人称が『彼』なのは結構奇妙だぜ」
「…気を付けよう」
「正直な話をしようぜロイ。なんなんだその子供は。なんでそんなに特別視してるんだ」



 そんなつもりは無い、と言えば嘘になるだろう。それを認める程度には、彼に捕らえられている自覚がある。
 最初は激昂しただけだった、錬金術師なら誰でも知る禁忌を犯した愚か者に。それから利用しようと考えた、11歳で人体錬成を成し遂げた天才を。実際に会って憐憫を覚えた、片手片足を失った幼い子供に。それから再会したくて堪らなかった、焔の点いた眼をした少年に。
 彼を手の内に入れることは決してメリットばかりではないと解っていた。人体錬成の事実が軍に知れればその咎は黙秘した自分にも及ぶ。何よりも彼は実際に人体錬成を行ってしまうような破天荒な少年だ、自分の下でも何をしでかすかわからない。軍部の中でも子供を推挙したことで常識と人格を疑われたのも知っている。派手好きだと揶揄されたのも知っている。独身なのが災いして、稚児趣味なんじゃないかと噂されているのも知っている。すべて解っていたことだ。
 それでも欲しいと思った。あの嵐のような少年をこの手で繋ぎ止めたいと思った。あの金色の瞳で真っ直ぐに見据えられたいと思った。彼がどんなに混沌とした闇の中に立っているとしても、そこから這い上がる目印でありたいと思った。

 彼と彼の弟が、これからを真っ直ぐ歩くために。

 手を貸せるのは自分でありたいと、そう願ったのだ。



「…そうだな、端的に言えば」
「言えば?」
「彼が欲しい」
「…………はぁ?」
 ヒューズはゲホゲホとウィスキーで噎せる。アルコールで噎せるのは結構辛いはずだ、ご愁傷様と声に出さずに唱える。
「いや待てよおまえ、それどーゆー意味で言ってるんだ…!」
 慌てるヒューズが面白くてロイは口の端を上げてにやりと笑う。
「あらゆる意味で」
「…詳しく」
「そうだな、父親や兄のようでありたいとも思うよ。保護者の権利は既に得たことだし。好敵手でもありたいね、彼はいい錬金術師だ。それから同盟者かな、お互いの利益はある程度一致しているし」
「…それだけか?それだけだよな?」
「ああ、大事なものを言い忘れてたな」
 そう言ってロイは、今日一番の微笑みをプレゼントする。部下に「悪人笑い」と称されたことのある微笑みでもって。

「年下の恋人というのも悪くない」

 ヒューズはがっくりと肩を落とし溜息を吐く。その反応は想定の範囲内だ。
「女専門だった癖によォ…………いいかロイ、頼むから犯罪起こしてくれるなよ。12歳のガキに手ぇ出すんじゃねえぞ!」
「失敬な。当分は出さないさ」
「その当分が長く続くことを祈るよ。ああ畜生、こんな大人に狙われちまって…同情するぜその子供…」
「何を言う。俺は顔良し頭良しで将来有望な優良株だろうに。まあしばらくは保護者に徹するさ」
 もう一度ヒューズが大きな溜息を吐いたから、ロイはウィスキーを呑みほして笑う。




 いつだって待っているから走り疲れたら帰っておいで。