夕暮れの中、ササライは神殿の傍をひとり歩いていた。帰路の途中である。吹き付ける風の冷たさにコートの襟を立てながら、なんとなく視線を感じて後ろを振り返れば、見知った少女が足早に近づいてくるところだった。
「ササライさま」
「こんばんは、セラちゃん」
声が充分に聞こえる距離まで近づくと、セラは丁寧にお辞儀をして、ありがとうございます、と告げた。
「先日は沢山頂き物をしてしまって。レックナートさまもとても喜んでいました」
「そっか、良かったよ。ルックなんて今日も会ったのに、一言もお礼を言ってくれなかったなあ」
「あら。でもルックさま、あの日からいつもご飯をよそうとき、ほんの少しだけ嬉しそうになさいます」
ご自分ではお気づきになっていらっしゃらないと思いますけれど。少女はそう言ってくすりと笑う。
それは僕が送ったからじゃなくて、単に新米が嬉しいだけじゃないかな、とササライは思う。しかしわざわざ告げることでもないので、そうなんだ、と微笑むに留めた。
「ルックはまだ病院?」
「ええ。私は暗くなる前に帰りなさいと言われてしまって」
「あはは、父親気取りだなあ」
容易に想像できる弟と少女の遣り取りに、不思議なものだとササライは思う。おそらく自分たちの育った環境は、一般家庭とは異なるところが多々あるのだろう。ならばルックがセラに見せる、まるで普通の親の表情は、一体どこで学んできたものなのだろうか。
「最中もとても美味しかったです。ああいった商品も扱っているのですね」
「ああうん、信者の中に和菓子屋の方がいてね。是非ともハルモニア印の最中を作らせて欲しい、というものだから。断る理由もないしね」
「そうだったのですか」
今度いくらかGUNTOにも送ってあげようかな、とササライはぼんやりと思う。キリル社長は処理に困るだろうが、きっと人事部長と掃除婦が社長室で美味しく食べてくれるだろう。坊にも送ってやっても良いのだけれど、グレンシールの懐から印籠よろしく出てくるハルモニア銘菓は想像するだけでうんざりするのでやめておく。
「あ、申し訳ありませんササライさま。レックナートさまが心配しますので、私はそろそろ失礼します」
「うん、レックナートさまにもよろしくね。……あれ?」
「? どうかなさいましたか」
「いや、君のその鞄……」
それ、とセラが持っているトートバックの隅を指差した。空色の布地に白い糸で刺繍されているそれは、紛れも無く花丸、もとい、円の紋様である。
そんな敬虔な信者だったっけ、と疑問を口にする前に、セラがふわりと微笑んで説明した。
「頂いたお菓子がとても可愛らしかったので。お手製なんです」
「へえ、そう……」
別にいいんだけど、なんだかなあ。腑に落ちないような気持ちを抱きながらササライはそう返す。するとセラはいっそう笑みを深めてササライに近付き、背伸びをして耳元で囁いた。
「ルックさまの、お手製なんです」
「…………え?」
「では失礼いたします、ササライさま」
そう言って離れたセラを目で追うも、彼女の姿はあっという間に遠ざかる。呼びとめる暇さえくれなかった。
「…………ふうん」
なんとなく浮上した気分を深く分析することなく、ササライもまた歩を進めた。父へなんと報告しようか、想いを巡らせながら夕焼けの色に身を染める。やっぱりこれしかないかなあ、思い付いた台詞にひとり頷いた。
ヒクサクさま、明日は朝一番でルックに会いに行きませんか。
セラのおねだりの成果です。糸の色がロイヤルブルーでないのはルック先生のせめてもの抵抗である。