一歩足を踏み入れて、フェンは固まった。
見る者に強烈なインパクトを与えるシルエット。光り輝くロイヤルブルー。重なった視線。
「……え?」
初めは場所を間違えたのかと思った。しかしそれが手に持つ旗が雄弁に、訪れた場所そのものであることを示している。まったくもって意味がわからない。
何故外科病棟に、魚人スーツ。
「出てこいGUNTO関係者……!」
思わず声に出せば、もぐりだな、なんて通りすがりの中年男性に呟かれる。どうやら既に信者だか患者だかにこの存在は浸透しているらしい。
現実に目を背けるように魚人を視界から外せば、引きつった顔でこちらを見ている幼馴染と目が合った。逃げ出そうとする彼のもとへ駆け寄り、その首根っこを掴む。
「どういうことだルック」
「……院内では走らないでくれる」
「今そこは重要じゃないだろう。なんで外科病棟にあれが!」
「……なんであんたここにいるのさ。怪我でもしたわけ」
「話をそらすなよ!必死だなおまえ」
「必死にもなるよ。そしてあれの責任は僕にはない。放してよ」
こっちは朝っぱらから意味不明の襲撃を受けて疲れてるんだから。そう言ってルックはフェンの手から逃れ、白衣の襟を整える。近づいて来た老婆に、先生どうぞ、と飴をポケットに突っこまれていた。供え物だろうか。つくづく変な宗教団体だ。
「経緯が知りたいならササライにでも聞きなよ」
「基本的に内科は嫌いだ」
「ああ……薬飲めないもんね、苦いから」
「そういうわけじゃない」
「じゃあどういうわけさ」
まあ別にどうでもいいけど、などと言いながら尚も逃げ出そうとするので今度は手首を掴んで引き留める。ち、とあからさまに舌打ちをされた。育ちは良いはずなのに行儀が悪い。
「そんなに知りたいならヒクサクのとこでも行ってきなよ」
「僕に死ねというのか」
「……どういう認識。会うくらいじゃ死なないよ」
「というか、この際経緯はそれほど重要じゃない。撤去しろよ早く」
「したいよ僕だって!……だけどうさんくさい聖典にうさんくさい条項が追加されて患者はみんな挨拶し始めるし、セラまで気に入っちゃったし、ユーバーは哀れだし、せめて目立たないところに置こうとしたらナースに怒られるし」
「突っこみどころが多過ぎるぞ……」
「知らないよ!」
キレ始めた幼馴染に、引き際を感じて手首を放す。こっちは仕事中なのに、とぶつくさ言う外科部長を尻目に、フェンはもう一度病棟正面の魚人スーツを見遣った。
「……なあ、燃やしちゃ駄目か、あれ」
「……やめなよ、スプリンクラーが作動して水浸しになる」
そんでまたササライに爆笑されて写メをGUNTOに送られる、と呟いたルックに同情しながら、当分ここには来るまい、とフェンはこっそりと内心で誓ったのだった。
放火歴(但し共犯)のある坊。