人気の少ない居酒屋のカウンターで、テッドはルックの愚痴を聞き流しながらビールのジョッキを傾けた。炭酸が飲めないルックは隣でちびちびと焼酎の水割りを呷っている。
見るからに不機嫌そうな相手に飲みにいくかと誘ったのはテッドの方だが、できるだけハルモニアから離れたところで、安っぽい感じのところ、なんて注文をつけてきたのはルックである。万が一にも家族と鉢合わせしたくないからなのだろう、その頑なさには呆れるしかない。
「どうしていつも、僕の右隣に座るの」
「……おまえ、左利きだろ。俺は右だし、逆に座ったらぶつかって不便じゃねえか」
既に酔い始めているのだろうか。答えはしたものの、テッドに向けた言葉ではないことには気が付いていた。いつも、と言われるほど彼の隣に座った覚えはない。
ああ、だから、なんて納得しているルックのグラスにピッチャーの水を足してやる。明らかに不満そうな顔を浮かべた彼に、踵で向こう脛を蹴り付けられた。それくらいの暴力はお互い慣れっこだ。
「そういえばおまえ、兄貴の三人称はササライなのに、二人称だとちゃんと兄さんって呼ぶよな」
「……だからなんだって言うのさ」
「親父さんのことも父さんって呼んでんの?」
「誰が呼ぶか馬鹿」
至極全うなことを言ったはずなのに罵倒された。相変わらずの反抗期だな、といっそ感慨深く思いながら焼き鳥を頬張る。放り出したままのテッドの携帯電話のストラップを、ルックが指でぱちんと弾いた。
きらい、きらい、と。いつだってそう繰り返すけれど、その実誰よりも強く意識し続けているくせに。かの有名な愛の対義語を、果たして彼は知らないのだろうか。
「おまえはちったあ俺様を見習えよ」
「馬鹿じゃないの?」
「かわいくねえな……」
しみじみと呟けば、はん、と鼻で笑われた。こうやって人を小馬鹿にする仕草が彼以上に似合う人間に、テッドはついぞ出会ったことがない。どうなんだその無駄な才能、と繰り返し思っている。
「あんた、僕に可愛げなんて求めてたの?出直してきなよ」
「そこで偉そうに言う理由がわかんねえ」
本当のところ、彼がどれだけ生意気だろうと、ひねくれていようと、テッドはどうだって構わない。そんなことは今更すぎるし、そういう彼との付き合い方だってとっくに身に付けている。
けれど、好きなものを好きだと言えないのは、不幸なことだ。
しあわせであれ。テッドが今の彼に望むのはそれだけだ。彼にとっていちばん大事な人の傍で、幸福をかみしめてくれればそれで良い。自分たちは支え合って生きるような間柄ではないし、間違っても共に生きようなんて思わない。けれど彼の目に映る世界が、やさしいものであってほしいと思う。そう願ってやれるのは、きっと己だけであろうから。
「ねえ、こっちの酒も頼んで良い。あんたの奢りで」
「てっめ、俺より稼いでるくせに何言ってやがる」
テッドのくせに、なに難しい顔してんのさ。そんな憎たらしい言葉を吐く昔馴染みは、未だ自分の気持ちにすら向き合おうとしていない。どうしてくれようかこの不器用さ、テッドは心の中で呟いた。
しあわせであれ。俺の隣にいなくても。
テッドの携帯ストラップはソウルイーター柄(坊とおそろい)です。