「ようルック。久しぶりじゃん!」
そう声を掛けて振り向いた相手が怪訝な顔をしたので、あれ、とシーナは首を捻った。常ならばここは全力で嫌そうな顔をされるところだからだ。ルックの成分の8割は不機嫌で構成されている、というのがシーナの認識である。
「……ああ、確か君は、シーナくんか」
「あ、やっべ間違えた?悪ィなササライ」
「……私はルックでもササライでもないが」
「え?…………あ、もしかして親父さん?うっひょう!」
「うっひょう、の意味はわからないが、君にはルックが世話になっているようだな。礼を言う」
言葉と共に浮かんだ穏やかな笑みに、シーナは本気で慌てた。これほど慌てたのは、自営業者だった父親が突然IT企業の役員へと謎の転身を遂げた時以来である。シーナが昔通っていたハルモニア学園高等部には、ヒクサクとルックを間違えると夢にヒクサクが現れて花丸ハゲができる、という怪談があったからだ。因みにササライに埋められたりルックに切り裂かれたりするバージョンもある。切り傷のひとつやふたつなら構わないが、花丸ハゲだけは本当に困る。シーナは恐れ慄いた。
「いやいやそんな……。祟らないでくださいね?」
「君の私への認識が気になるところだな。まあ、こんな些事で祟るようなことはしないから安心しなさい」
「ありがとうございます!……すみません、ルックの顔で微笑まないで頂けませんか。正直おっかない」
「ふむ……どちらかといえばあれが私の顔で不機嫌オーラを振りまいているのだがな」
「そもそも、なんで顔同じなんですか?ササライとルックはともかく」
「……それはハルモニア七不思議に抵触するが話しても良いのかね」
「遠慮します命は惜しいんで!」
シーナは即答した。保身は重要である。昔フェンに、おまえはツッコミと保身のバランスが絶妙だな、と言われたことを思い出して、シーナは少しだけブルーになった。あの突っ込みどころしかない友人に比べれば誰だって世渡り上手に違いない。
「そういえば、君はササライとも同窓だろう。あれと交流はないのか」
「うーん、一応知り合いではありますけど……。ほら、俺とルックが仲良くなったのってサボリ仲間だったからっていうか。あいつ、びっくりするほど上手いんですよエスケープ。そりゃもうテレポートかってくらいに。なんで、よく便乗させてもらってました!……比べてササライはまともに授業出てたんで、親しくなる機会がなくてですね」
「ふむ、そうか。……しかし、ルックと会話などはずむのか」
「それなりには。あ、でもどうしても教えてくれなかったことがあって。あいつらのおふくろさんって誰ですか?」
「……それもハルモニア七不思議に抵触するが話しても良いのかね」
「いえパスで!」
なんだろうこの地雷原、とシーナは半歩引いた。そろそろ逃げても罰は当たらないのだろうが、ヒクサクと二人きりで話すという珍しい機会を逃すのも少し勿体ない。ヒクサク理事長とマンツーマンで10分間話し続けられると女運が上がる、というのはハルモニア学園開校時から男子生徒に語り継がれる伝説だ。
「……ん?開校以来ってことは、ヒクサクさま今いくつですか?」
「……君はどうしてもハルモニア七不思議を私の口から聞きたいようだな」
「パスは3回まで有効ですよね!」
「それは7並べのルールではないのか」
え、ヒクサクさま7並べとかすんの、という疑問は心の中に留めた。そんなことは後でルックに聞けば良いだけの話だ。それよりも他に聞かねばならないことがある。これだけは例え地雷だとしても聞いておかねばなるまい。そして日常的にルーレットで鍛えているためか、シーナはここぞという時の運が滅法良い。10分きっかりで逃げ出すつもりで、勢いよく最後の質問を口にした。
「ヒクサクさま、好みの女性のタイプは……!」
「……君は、君の父親の若いころによく似ているな」
「なんですかその返し……!」
あからさますぎますよ煙の巻き方、え、でも待って親父と知り合いですか勘弁してください、ていうかまさか親父も同じこと聞いたのかよ……!と叫ぶシーナにヒクサクは三割増しで微笑んで、10分経ったぞ、と穏やかに告げたのだった。
Tでは戦闘スタイルのかぶる青雷のフリックを流水のフリックにしてまでシーナを使っていました。