他人の不幸を呼びやすい体質なのだという。稀にそういう人間がいることは知っていた。実家にある病院でも、宿直に入る度に急患が出る看護師とか、逆に滅多に患者が死なない医師だとか、そういった性質を持つ人がいるのだと聞いた。きっとこの少女も同じなのだろう。
彼女が他と異なっているのは、その体質故に家族から見捨てられたことだ。彼女が出歩けば災いが起こる、それをおそれた両親が軟禁したのだという。
「もう帰りません、と言ったら出してもらえました」
「……あ、そ。刃物は触らないでよ。君の仕事は自分の部屋を調えることだけだ」
この新たな住人が扉を叩いたのは、塔での生活にルックが慣れてきた頃のことだ。二度目に見る小さな少女は今度は体と共に訪れていて、それを知ったレックナートは穏やかにその表情を緩ませた。彼女が是とするならルックに否やはない、ないけれど、まるで接し方がわからなかった。
坊相手と同じじゃ駄目だよな、多分。そう思うけれど、他に子供との接し方なぞ知らない。今まで周りにいた幼子は坊と霊体くらいのものなのだ。
開いた窓から外を眺めた。周囲の建物は塔より低く、はるか遠くまで見渡せる。吹き込む風はどこまでも心地良くて、それを感じる度にルックはほうっと息を吐く。
「……レックさまは、わたしを、迷惑だと思いませんか」
「さあね、僕は彼女じゃないから。でもまあ、迷惑なら迷惑だと言うんじゃないの、レックナートさまは」
「あなたは?」
「……別に、作る料理が一人分増えるだけだ。たいしたことじゃない」
ひとりでやりたいのです、そう言った少女に部屋の片づけを任せてルックはベッドの隅に腰掛けた。できるだけ彼女と共に過ごせと言ったのはレックナートだ。そこから学ぶことがあるでしょう、と。
「これでよろしいですか、ルックさま」
「……良いんじゃないの、あんたが住みやすければそれで。あと、さま付けはやめて」
「では、何とお呼びすればよいのですか」
「普通に呼び捨てで良いよ」
当たり前のことを言ったつもりが、泣きそうな表情をされた。とてとてと少女は走り寄って、ベッドの上に乗り上げる。それから両手でルックの左手を握りしめた。少女の手はルックのものより二回りは小さいだろう。
「それはいやです。こうやって、ふかふかのベッドを用意してくれて、あたたかい食事を振る舞ってくれて、おはようと声を掛けてくれるあなたを、呼び捨てになどしたくないのです」
「……それは僕の仕事だ。この塔にいる限り」
「ルックさま、あなたはわたしを信じてくださいました。わたしを恐れずに、わたしに触れてくださいました」
「僕は君を恐れたよ。君に触れたのは、霊体じゃないか確かめたかっただけだ」
「いいえ、……いいえ。そうではないのです。あなたが恐れたのは、わたしが体を抜け出したことなのでしょう。わたしそのものを恐れたのではないのでしょう。わたしを忌み嫌ったのではないのでしょう」
今度こそ少女は泣きだした。どうすれば良いのかわからなくて、空いている右手で彼女の頭を撫でる。わかっている、君を理解している、そう掌に込めて。その想いの渡され方ならばルックは身に沁みて知っていた。
少女が求めているのは理解ではないかもしれない。彼女は愛情に飢えているだけかもしれない。けれどもそれを与えてやるのはルックには難しすぎた。だからせめて、君をわかるよ、そう掌に乗せる。
少女の金髪はぱさついていて、もったいないなとルックは思った。今日の夕飯にはわかめの味噌汁を付けよう、場違いにそんなことを考えれば、少女は涙に濡れる瞳でルックを見上げた。
「ルックさま」
「……なに」
「ありがとうございます」
「……礼を言われるようなことはしてないよ」
テッドの部屋にはもう行かないだろう、ルックは少女の頭を撫でながらそう思う。あの部屋は、彼は、ルックにとって逃げ場所だった。あれは紛れも無く逃避だった。ならばもう訪れるべき場所ではないのだ、あの居心地の良さに後ろ髪を引かれようと。彼の隣でどれだけの安堵を感じられようと。
「ルックさま、ご飯のしたくをなさるのでしょう。わたしもお手伝いいたします」
「……包丁はさわらないでよ」
愛情の渡し方などわからない。たゆまなく与えられていたそれには、見ない振りをし続けてきたからだ。欲しいのはそんなものではないと、突っぱねて。
父は理解してくれないのだと言う。救いなど与えてくれぬのだと言う。師が告げたそれを、多分ルックは知っていた。認めたくなかっただけなのだ。
「…………行こうか、セラ」
「はい、ルックさま」
立ち上がり、窓を閉める前にもう一度外の景色を眺め見る。雲ひとつない。はるか遠く、学園都市の真ん中に聳える神殿を、そっと瞳に焼き付けた。
ルックとセラは父娘でいいと思います。わかめが金髪にも効くのかどうかは知りません。