ひとつ、ふたつ、みっつ。途切れた呼び出し音に溜息を吐いてササライは携帯を畳んだ。
「切られました」
「そうか……」
 向かいのソファに深く腰掛けるヒクサクが顎に手を当てた。ふむ、と無駄な真顔で声を漏らす。
「居場所はわかっているんだな?」
「おそらく今回もテッドくんのところだと思いますよ。一応、フェン経由で確認してみます」
「ああ、頼んだ」
 ササライは再び携帯電話を開いてメール画面を立ち上げた。そういえばこの携帯はルックと色違いだっけ、とどうでも良いことを思い出す。いつだったか、ヒクサクが唐突に買ってきて二人に渡した物だ。
「あれはいつもこの時期にいなくなるな」
「そうですね。お盆と彼岸と、ハロウィンでしょうか」
 ルックのこの定期的な家出はもう何度目になるかわからない。最初こそ慌てたものの、今ではササライもヒクサクも慣れっこだ。フェンに手間を掛ける詫びを添えて、ササライは送信ボタンを押す。
 怖いのだろう、とササライは思っている。思えば弟は昔から怖がりだった。幼いころは墓参りの度にヒクサクの白衣の裾を掴んでいたし、今でも稀に暗がりで立ち竦むことがあるのを知っている。それを隠したがっていることもまた知っているから見ない振りをし続けているけれど、こうもあからさまに家出されては気付かない振りも難しい。尤もルックだってそんなことはきっと承知の上で、それでもこの家から逃げ出すのは彼なりのプライドの守り方なのだろう。
「うちの稼業では、死者と向きあわない訳にはいかないからな」
「はい。……ですが、あの部屋の配置は荒療治すぎたかもしれませんね」
 ルックの部屋からは墓場が見える。部屋数だけは沢山あるこの家で、わざわざそんなところを彼の部屋にしたのはヒクサクのわかりにくい愛情だ。その隣の部屋で寝起きするササライは墓場の存在など全く気にならないが、ルックにとっては気が滅入るものでしかないらしい。
 ヴヴヴ、と携帯がソファの上で震える。ぱちんと開いて確認すれば、予想通りの内容がフェンから返ってきていた。手早く感謝の意を告げて、キャラメル色のそれをぱくんと閉じる。
「やはりテッドくんの部屋にいるそうです。一緒に買い物に出掛けるところを見かけたと」
「……ここ数年、あれが一緒に買い物に行ってくれたことなどないのだが」
「親離れの時期なんじゃないですか?」
「おまえも同じ年だろう」
「……僕はとうに済ませたつもりでいたのですが。親離れ」
 まだ嫁にはやらん、そんな馬鹿みたいなことを呟く父を尻目に、ササライは飲み物を取りにキッチンへと向かう。8月も半ば、エアコンの効いた部屋の中でも感じる夏は暑かった。





めいっぱい愛されてればいい。