人の魂が見えることがある。
一般的には幽霊と呼ばれるのかもしれない。けれどもそれは稀に生霊であることもあったから、とりあえず魂と呼ぶことにテッドは決めていた。
それが人ではない、ということに気が付いたのはもう10年以上も前の話だ。「見える」人間は自分以外にもたまにいて、よくテレビで見かける霊能者のゼラセあたりも本物だろうと思う。身近なところではひとりだけ、こまっしゃくれたハルモニアの子供がそうであることを知っていた。
「ねえテッド、冷蔵庫の中何もないんだけど。あんたどうやって生活してんの」
「切らしたとこなんだよ。丁度いいからなんか買ってこい」
「やだ。この暑いときになんでそんなめんどくさいことしなきゃなんないのさ」
「このクソガキ……」
「ちょっと、痛い、痛いって!」
両手の拳をルックのこめかみにぐりぐりと押しつけてやれば、生意気な少年は高い声できいきいとわめいた。はー、とテッドはわざとらしく溜息を吐く。
こうやってお盆の時期にルックが一人暮らしのテッドの家に転がり込んでくるのは、既に恒例行事と化している。他にも彼岸とか最近はハロウィンだとか、そういった「増える」時期に彼は実家を抜け出してくるのだ。ゆりかごから墓場まで、なんて謳うハルモニア・グループは生死に纏わる事業を数多く手掛けていて、確かに嫌になるだろうな、とテッドですら思う。いつだって精一杯背伸びしているこの年下の子供は、「見える」たびにびくりと震える肩を不審がられたくなどないだろうに。
ピリリリ、と電子音がワンルームのアパートに響いた。鞄から携帯電話を取り出したルックが画面を確かめもせずに電源を切る。ぽい、と放り投げられたそれをなんとなく目で追った。
「……おまえさあ、いい加減言っちまえば。親父に」
「幽霊が見えるから帰りたくないんです、って?馬鹿じゃないの」
「俺はおまえの親父がどんな人間かなんて知らないけど、言えばとりあえず部屋を墓場の遠くにはしてくれんじゃねえの。それでもおまえん家にはうようよ居るだろうけどさ」
「部屋を墓場から離して、一通りの検査を勧めて、エクソシスト組合でも作ろうかって真顔で言うだろうね奴は」
「愛じゃね?」
「いるもんかそんな愛」
じゃあどんな愛が欲しいんだよ、そう聞かなかったのはテッドなりの優しさだ。
このはねっかえりの子供は、ただ認めて欲しいだけなのだろう。可愛がられるのではなく、慈しまれるのではなく、対等に接して欲しいだけなのだろう。一方的に守られることを潔しとしない、この愚かな子供は。
偉大な父親を持つと大変だな、なんて言葉は心の中に呑みこんで、デコピンを食らわせれば眉が寄る。
「とりあえず、メシはおまえが作れよ」
「……あんたが材料を買ってきたらね」
結局一緒に行くことになるんだろうな、とテッドは思った。この時期にひとりでいるのは正直なところ気が滅入る。だからこそ己も彼の入り浸りを許すのだ。
「買ってきてください一生のお願い、って言ってみろ」
「たとえ天地がひっくり返ってもあんたになんか言うもんか」
こまっしゃくれたクソガキめ。そう言って金茶の髪をぐしゃぐしゃに掻き回せば、黙れジジイ、なんて返しながら頬を引っ張ってくる。暑いのになにやってんだか、なんて考えはセミの声に掻き消されるまま放棄した。
レックさまに弟子入りする前、多分中学生あたり。ルック→ヒクサクを模索したらテドルクに着地した。ルック先生の黒歴史のひとつである。