客間の扉を開ければ、まばゆいばかりの朝日がとびこんでくる。
 よくもまあ、こんなに明るい部屋で寝ていられるものだ。ルックは呆れながらけたたましく鳴り続ける携帯電話のアラームを切った。ぐっすりと眠り続ける男は未だ目を覚ます気配はない。
 疲れているのだろう、とルックは思った。テッドはそういう時だけこの塔にやってくる。彼は理由なんて語らないし、ルックも尋ねる気などないけれど、仕事がうまくいかないとか、人付き合いが面倒だとか、おそらくはそういうことなのだろう。
 うちを避難所にしないでよ、そう思わないこともないが、昔散々世話になった覚えがあるため拒めもしない。それにこの清冽な空気の中で眠る安心感を誰よりもよく知っているのはルックなのだ。
 だがしかし、それはそれ、これはこれ。さっさと起きないのが悪いんだよ、そう小さく言い置いて、ルックは男の後頭部を思い切り蹴り飛ばした。


***


 鈍い衝撃に覚醒する。テッドはがんがんと痛む頭を押さえて起きあがった。加害者など確かめるまでも無い。
「ってーな……。おまえもう少しまともな起こし方はできねえのかよ。スリッパは脱いでから蹴ったんだろうな」
「気にするのそこ?ジジイの癖に寝起きが悪いからでしょ。いつまで寝てんのさ、今日も仕事だろ」
 憎まれ口は聞き流して、んん、と伸びをする。深く眠ったせいか、頭がすっきりとしていた。ここの空気はどこまでも心地良い。よそのように、夜中に目を覚まして人ならざるものの気配を感じることなど全くないのだ。うまいことやったもんだよなあルックの奴、なんて羨ましくなるのはこんな時だ。
 この塔のような建物の最上階にはレックナートとセラの部屋、それから共同で使っているというキッチンやリビングがあって、ひとつ下の階をルックが使っている。テッドが何度か泊らせてもらっているのはその隣の部屋だ。呆れるほど階段は長いけれど、この空気にはそれでものぼるだけの価値がある。
「さっさと朝ごはん食べちゃってよ。あんたのせいで片付かないんだから」
「へいへい。朝メシなに?」
「ハムエッグとサラダ。あ、そのみっともないかっこでセラの前に出ないでよ」
 保護者然として言うルックに笑みがこぼれる。夜中になったら上の階にはあがらないように、なんて昨夜もしかつめらしい顔で言われたことを思い出した。
 良き父親であろうとしている彼を見るのは面白い。大事に大事にして、出来得る限り話に耳を傾けて、やりたがることは全部やらせて。彼女が知って欲しいと思っていることをすべて理解してやろうとする、その姿勢はとても微笑ましい。けれど同時に、心底馬鹿だなあとも思う。セラにはそれだけ素直になれるのに、本当の家族には望みひとつ言えない不器用さが。つまりは彼女に与えているそれこそが、彼が欲しかったものなのだろう。
「なに笑ってんのさ。あたま沸いたの?」
「べつに?おまえもまだまだガキだなーと思って」
「……つまり、朝食はいらないわけだね」
 なあ、親父と兄貴に大好きだって言っちゃえば。その台詞をいつ言ってやろうか、テッドはタイミングを見計らっている。彼の長い長い反抗期の終わりを想像しながら、馬鹿だなあ、小さく笑いまじりに呟いた。




テドルク三部作、ひとまず完結。おそまつさまでした。