疾風怒濤 サンプル
生まれも育ちもありえなかった。
よくわからない技術で人工的につくられ、七歳までは地下牢に幽閉されていた。連れられた魔術師の島では盲目の師と二人暮らしでおさんどんの日々。初めて人と触れ合った地は戦場で、ひと仕事終えて休憩したら三年後にはまた戦争。正直グレないほうがどうかしている。
しかし、のらりくらりとかわす師に当たり散らしたところで仕方ないので、ルックはついぞ家庭内反抗期を迎えることはなかった。代わりに少しずつ、その憤りを身に溜めていったのだ。
ルックにとって最も許せないのは紋章だった。何かに寄生しないと生きていけない存在のくせに、世界の根幹とは片腹痛い。あげく人の夢に干渉して悪夢を延々垂れ流し、世界の終わりがなんたらかんたらと宣い続けている。
ルックは己が人ではないことを自覚している。だけど、だからこそ、人とは何かということをひたすら考え続けてきた。馬鹿で、阿呆で、間抜けで、どうしようもなく愚かなのが人である。大体そんなもので間違いない。
だが、だからといって、その自由が侵害されて良いとは思っていない。
馬鹿で、阿呆で、間抜けで、どうしようもなく愚かで、どうしようもなく愛しいのが世界である。それが世界である。どれほどくだらなくても、決して紋章などに縛られるべきものではない。なにものにも縛られるべきものではない。
たかが紋章のくせに、世界を統べようなどとはおこがましい。紋章などに人も世界もくれてやるものか。人の自由も、世界の自由も、決してくれてなどやるものか。
ルックの怒りは、そんな風にして、爆発した。
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人とは、愚かで、弱くて、脆くて、浅ましい生きものである。短い寿命しか持たぬくせに生き急ぎ、考えてもまるで益にならぬことをうだうだと考え続ける、驚くほどに生き方が下手な生き物だ。その定義にあてはめて考えれば恐らく己は人ではあるまい。そしてルックは紛うことなく人であった。
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「……僕は君がササライにカッコつけたがる理由が心底わからない。というかその点については君も納得したじゃないか、僕は給料を払わないからササライから搾り取ろうって。仕方ないだろ、僕は長年レックナートさまの扶養に入ってたから貯蓄なんてないし」
「その表現。……というか、あなたたちどうやって暮らしていたんですか。レックナート殿も碌に働いていないでしょう」
「レックナートさまもしばらくはウィンディに扶養されてたからね。あの方はこう……、働くことに慣れてないから」
「……霞でも食べていたんですか」
「馬鹿じゃないの。人ないし人に類似する生物は霞なんかじゃ生命を維持できないよ」
「……時々サポートキャラを捨ててでも殴りたくなりますよね、あなたって」
だがルックの装備は羽衣(物理攻撃五十%無効)である。渡された当初は女物であることに不満があったが、ルックさまは防御が紙なんですからこれくらい着ていてください、と押し切ったセラに感謝しつつ、ルックはアルベルトを鼻で笑ってみせた。
「やってみれば? で、セラは人だし、僕とレックナートさまは人に類似する生きものなんだから、普通に人と同じものを食べてたよ」
「そのカテゴライズ……!」
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「わたしは幸せです。わたしが幸せかどうかを決めるのはわたしです。その権利はあなたにも、そこの人外にも、ルックさまにだって譲りません。わたしが幸せだと認める権利も自由も、全部、わたしのものです!」