好きなものを好きだと言えないのは不幸なことだ。
 偏執的なきらいは自覚がある。好きなものにはいつだって一直線だ。嫌われることよりも、自分が好きだということを理解されないことの方が苦しい(いつだったか銀にそう告げたら、それはユウジはんのエエところやな、と評された。多分銀の点は甘い)。愛が重いと言われることもしばしばで(女の子に言われたことはない)、目下のところユウジのその情熱は小春とお笑いとテニスに向けられている。そのために寝食を賭すことなど苦ではないし、実際にお笑いライブのためにテニス以外の時間をすべて捧げ白石に殴られたことがある。人生マネたモン勝ちやしホレたモン負けや、と謳うユウジにとって愛情表現とは天井のないものであった。
 好きなものを好きだと言えないのは愚かなことだ。そう考えるユウジはついぞ、ツンデレ萌えというものを理解しなかった。好きなのに嫌いって言うとか意味わからんしホンマうっとい、と公言するユウジとツンデレを地で行く財前の相性は最悪かと思われたが、意外とやりやすい、というのがユウジの印象である(財前は確かにツンデレだが、ユウジにしてみれば彼は非常にわかりやすかった)。どちらかと言えば合わないのは金太郎の方で、知り合ってから一年間、ユウジの卒業まで中途半端な距離を取り続けた。互いに嫌いな訳ではないし、話もする。けれど好きなこと以外はどうでもいいユウジにとって、何に対しても全力でぶつかる金太郎はちょっと面倒くさい(金太郎に博愛精神がある訳ではない、彼はどうでもいいと思っているものにも全力投球する癖があるだけだ)。全てを全力で迎え撃つエネルギーなど持たないし、その必要もないと考えている。自分が一番格好良くありたいと思う場面で格好良くあれればそれで良いのだ。
 人生とは、舞台である。それがユウジの哲学だった。







 一氏ユウジという男の魅力はその軸のブレなさに起因する。
 ホンマにお笑いが好きなんやなあ。華月の立ち見席、一番後ろでステージを見上げる小石川はそんなことを考える。右隣では千歳が金太郎を肩に乗せていて、その向こうでは財前が腕組みをしながらステージを見据えている。偉そうなやっちゃな、小さく笑えば左隣のオサムに肘でつつかれる。なんやあ、始まる前から楽しそうやなあケン坊。
「ほな、いっくでー!」
 マイクを通して聞こえるユウジの声はお笑いテニスをするときと同じ温度で弾んでいた。なんでそないに、そのテニスに執着してるん? 小石川はいつだったかそうやって彼に尋ねたことを思い出した。せやかてお笑いテニスやったら小春もテニスもお笑いも全部一緒に堪能できるやんけ、お得やろが。そう主張するユウジは良い笑顔をしていたから、ハンバーグカレーみたいな理屈やな、とは言わないでおいてやった。ユウくんはちょっと好みから外れてるんよねえ、なんて宣う小春がユウジとのダブルスを解消しない最大の要因は二人のテニスとお笑いの相性であろうが、ユウジが全力で小春とのお笑いダブルスに挑んでいるからでもあるのだろう、と小石川は踏んでいる。
 せやったら、なんで小春がそないに好きなん? 問い掛ければユウジは何を今さら、と表情で語った。好きとか嫌いとかに理由なんてあるかあ? せやったら自分、なんでテニス好きなん? 逆に問い返されて小石川は言葉に詰まった。……俺、テニス好きなんかなあ、そう呟けばユウジはすっと目を細めた。なあ健二郎、俺、誰がいっちゃんテニスと好きかとか考えんの嫌いやねん。好きなんと強さって比例すんねんか? いっちゃん好きな奴がいっちゃん上手いんか? 自分でテニスが好きやって思うとんのに自分より上手い奴に否定されなあかんのか? ざっけんなや下手の横好きっちゅー言葉もあろうが! 声をワントーン落としてそう言い切ったユウジに小石川は思わず笑った。せやなあ、変なこと言うて悪かった。せやけどユウジ、それ俺が下手ていうことやんな? あァ? 言うてへんがな、言うたやろ、言っとらん! そんな掛け合いを部活中にしていたものだから、二人して白石に拳骨を食らった。何やいやいやっとんねん、はよ後輩指導行ってきいや。俺わるない、とぶーたれたユウジに、おおきにな、と小石川は声を掛けた。あれが多分、千歳と金太郎が入部してから小石川が吐いた唯一の弱音だ。
 どっと劇場が笑いに沸く。お笑い好きな四天宝寺生とはいえ、単身ライブで数百人集めるユウジの手腕は伊達ではない。小石川は大口を開けて笑い、惜しみない拍手を送った。
 彼らと一緒に真剣なテニスをしている。それが小石川の誇りだった。







「藤吉郎祭、どないする?」
 オサムの都合で部活がオフになった土曜日、招かれた謙也の家でPS3のコントローラを握りながら尋ねられ、財前は深く溜息を吐いた。謙也とユウジと三人でゲームをするのはいつものことだけれど(場所は大抵謙也の家だ。一番広くてテレビが一番デカくて、家族が留守がちだからである)、彼らが引退してからは久し振りだ。折角のオフなのにホイホイ誘いに乗ってしまうあたり、自分もちょろいなと眉を寄せる。ちょお、動きとめんな財前! 叫んだ謙也にユウジが笑った。
「どないするて、白石先輩ノリッノリで今年も女装喫茶やる言うてたやん。……あんたら引退しとるんに、なに出張ってんねん」
「ん? あー、ちゃうで、テニス部の方は白石に任せるわ。軽音の方」
「はあ?」
「せやから軽音の方、どないする? やりたい曲あるんか?」
「軽音の方、て……」
 運動部と文化部の両方に所属することを強制されている四天宝寺で、財前と謙也、ユウジは軽音部を掛け持ちしている。財前はベース、謙也はドラム、ユウジはギターだ。けれどそれぞれ組んでいるバンド仲間は別で、せいぜいお遊びで一緒にセッションしたことがあるくらいだ。
「……ケンヤー、財前に言うてへんのとちゃう? アホやな自分」
「え? あれ、言うてへんかった? 最後やし、一曲くらい一緒にやろうやって」
「聞いてへんわ。……ちゅーか先輩ら、受験でしょ? 今日もやけど、勉強せんでええんですか」
「おまえがテニスしとんのと同じくらいベンキョーしとるわアホゥ。たまには息抜きせなあかんやろ」
「たまに、ならええですけどねー」
「ナッマイキなやっちゃな……」
「今更やろ。で、財前なんかやりたい曲あるか? 時間あんまり取れへんから、知ってる曲がええねんけど」
「あー……このメンツで演るんなら、誰が歌うんです?」
「そらユウジやろ」
「おうおう、任せときィ。なんならミク声で歌ったるで」
「えっ……」
「……釣られんなや財前」
「なんや、ほんまにやるん? せやったら作曲しいや」
「いや、やりませんけど……」
「なんやったら白石に歌わせてもええんちゃう? あいつ歌うまいで」
「銀に木魚叩かせてか。健二郎にキーボードでもやらせるか?」
「そうそう。小春にギロ持たせて、金ちゃんはホイッスルでええんちゃう」
「千歳はマラカスやな」
「それもうただの男テニやないですか。軽音関係あらへん」
「あー……ネタやんネタ。ま、無難にいこうや、ユウジボーカルの3ピースバンドでええやろ」
「それはええですけど……」
 ちゅーか俺、まだやるて言うてへんのやけど。呟けばぽかりと面倒臭そうなユウジに殴られる。
「どうせ断らん癖にやいやい言うなや」
「…………UKロックがええです」
「知っとる曲って言うたやんけ」
 ユウジにコントローラを奪い取られる。手持ち無沙汰になった財前は謙也のCDラックを眺めながら、かなわんな、とこっそり思う。自分が先輩たちに懐いていることなど彼らにはばればれだと自覚しているけれど、それを可愛い可愛いとぐりぐり撫で回してくる白石や謙也なら躱しようがある。けれど、ほんまアホやな、と呆れるユウジは財前の側からすれば少々、やりにくい。
 あとどれだけ一緒に過ごせる日があるのかを指折り数える、なんて柄にもないことをしてしまう時がある。引退して、指導という名の後輩シゴキに来てくれる日が少しずつ減って、姿を見掛けることさえなくなっていく。それが普通の部活で、学校だ。そんなことは誰に説かれずとも百も承知で、だから言葉にすることもない。財前だっていつまでも先輩たちとテニスをしていたいと思っている訳ではなくて、気持ちはとうに来年の夏を向いている。次の練習試合では誰を出そうかとか、あの二人にダブルスを組ませてみようかとか、財前の日々の思考を占めるのはそんなことばかりだ。
 財前、ダブルス好きやったんやなあ。つい先日、そう笑ったオサムの言葉が脳の端を掠める。好きやったのはダブルスやない、なんて死んでも口にはしないけれど、三年生の引退に伴いシングルスに本腰を入れ始めた財前の頭をバインダで叩き、オサムはからりと笑い飛ばした。若いってええなあ!
 そんなことを思い出しながら黙り込んだ財前の顔を謙也が覗き込み、ユウジが後頭部を殴った。痛みに舌打ちをして振り返ればユウジに鼻で笑われる。
「ほんま、前向きなんか後ろ向きなんかわからんやっちゃな」
「……ん? 今そういう話しとった? 曲決めとちゃうん?」
「謙也さんはそのままアホでおってください」
 体を伸ばしてラックからCDを抜き取る。なんやねんな、後ろできいきい喚く謙也をまるっと無視してケースを開き、財前は見慣れた文字列を追った。

 なあ財前、欲しいものは欲しいって言わな、手に入らんで。ひと月後、そう言って手を引いたユウジの言葉を、財前はそっと胸底に置いておくことになる。







「意外っすね、裁縫得意なんですか?」
「あァ? 見せモンやないで、冷やかしなら死なすど」
 桃城が天根を訪ねて合宿所の207号室の扉を開ければ、ユウジが一人で布を広げて何やら作業をしているところだった。相変わらずガラ悪いなこの人、と思いながらも物珍しさが勝って部屋の中に足を踏み入れる。ラブルスとは二度と試合をしたくないが、ユウジ単体であればそれほど恐ろしくはない(少なくとも小春に比べれば)。
「何してんスか?」
「見りゃわかるやろ、ネタ道具作ってんねん。帰ったらサル祭もあるし華月でライブもあるし、時間ないんや」
「はあ……」
 華月ってなんだろう、と桃城は思ったが口にはしなかったが(後から謙也に聞いて劇場であることを知った。四天宝寺マジパねえ)。
「ネタの衣装とかって自分で作ってんすか? 既製品かと思ってたんすけど」
「毎回買うてたら高くついてしゃーないやん。おもろないし」
「そういうモンすか」
 へえ、と呟いて桃城はユウジの手元をまじまじと覗き込む。桃城にはよくわからないピラピラした生地(レースの種類など知らない)がふんだんに使われているそれは、きっと小春の衣装なのだろう。ユウジの手つきの丁寧さに、へえ、と桃城はもう一度思った。ユウジは案外、テニスに本気だ。本気でなければ、やれることではない。
 桃城における四天宝寺の印象とは、お笑いヤンキーの一言に尽きる。四天宝寺とお笑いは既に合宿参加者の中でワンセットであるから説明は不要だが、千歳(九州二馬鹿)、謙也(キシキシキンパ)、ユウジ(眼光と柄の悪さ)、財前(五輪ピアス)、金太郎(堀尾兄体験談)を有する四天宝寺はヤンキー校と呼ぶにふさわしかった。全国大会の準決勝で謙也が千歳に譲った時など、義侠心溢れる行いに桃城は内心でこれぞヤンキーと喝采を送ったものだ。最近では晒された白石の左腕に対し、やっぱりヤンキーって光り物が好きなんだなと感想を抱いたところである(謙也さんはともかく白石先輩は濡れ衣やん、とのちに財前に突っ込まれることとなる)。
 つまるところ、桃城にとって四天宝寺とは本音の読みにくい相手であった。不動峰戦では立ち上がりを金太郎が叩きのめし、パワーにパワーを、スピードにスピードをぶつけて相手の闘志を挫き、極めつけに橘に千歳を当てるという性格の悪いオーダーを組んできたくせに、対する青学戦はどうだ。接戦でもパワーリストを外さなかった白石、奇策と呼ぶにふさわしいD2、謙也と財前、二人の犠牲を強いたD1。あまりに印象が違い過ぎて、桃城は四天宝寺に対する認識を定めきれずにいた。彼らがテニスに対して不真面目だとは思わない、そうでなければ全国大会まで勝ち上がれる筈もないからだ。けれど、彼らの本気は一体どこに向いている?
 桃城はその答えをこの合宿で一つひとつ拾い集めている。白石の言う、不協和音という言葉の意味を知る。彼らは全員が本気で勝ちに向かっている――けれど、勝利の在り方があまりにバラバラだ。白石の望む勝利と千歳の望む勝利は違う。ユウジの考える勝利と謙也の考える勝利も違う。そしてその差異を許容するのが四天宝寺という学校なのだろう。
 それがわかっただけで収穫だった。桃城たち下級生にとって、この合宿が終われば目指すものは来年の夏だ。四天宝寺が、倒すべき敵が、テニスに本気であるということだけわかればそれで良い。
「……で、結局自分なにしに来てん」
「あー……ダビデに用あったんすけどね。出直します」
「おう、そうしろや」
「……一氏さん」
 桃城を見もせずに針を動かすユウジの姿にむくりと悪戯心が湧き上がる。笑みを乗せた声音で告げればユウジは面倒臭そうに振り仰ぐ。
「来年もウチがもらいますよ」
「……喧嘩なら、うちの捻くれ者が買うたるでぇ?」
 一拍置いて、ユウジは不敵な笑みを浮かべる。桃城はひらりと手を振って部屋を後にした。
 本気の相手に、本気で勝つ。目指しているのはそれだけだ。







 引退したにも関わらず、時折ラケットバッグを持って家を出てしまうのは二年半で白石に染みついた習慣だろう。放課後に図書室で勉強したあと(教室には居残らない、女の子たちがうるさいからだ)、ひょっこりコートに顔を出せば、また来たんすか、なんて憎まれ口を叩きながらも財前は嫌がりはしない。彼が部員たちに指示を出す姿を微笑ましく眺めながらコートをぐるりと見回せば先客がいて、白石が手を上げれば向こうも同じように返した。
「ユウジもおったんか。小春はどないしてん」
「今日は塾やで」
「ああ……今日水曜日やな」
「先輩らヒマなら球出し手伝うてくださいよ。もう少ししたらコートと金太郎貸したりますから」
「金ちゃんは蔵に貸したれや。俺はそこまでいらんねん、体動かしに来ただけや」
「せやったら俺が借りるけど、大車輪は禁止やでー」
「自分で言うてください」
「せやかて最近金ちゃんますます俺の言うこと聞かんで……」
 顔を出す度全力で飛びついてくる金太郎は、後輩たちに話を聞く限りでは割と大人しく財前の言うことを聞いているらしい。金太郎にとって自分と財前では向ける信頼の種類が違うのだろうなあ、とゴンタクレの成長にしみじみとする。そんな彼が自分のもとで暴れるのは甘えに他ならないと知っているから白石はついつい金太郎を甘やかしてしまうのだ。
「言うこと聞かん理由なん、知っとるくせに」
 そんなことを言ってぷいと踵を返す財前に、ユウジと顔を見合わせる。
「なん? あれ」
「あれはあれで気にしとんのやろ。自分が金太郎ばっか可愛がるんも、金太郎にナメられとんのも」
「ああ……可愛いやっちゃなあ」
「火に油やんけ」
「知っとるよ」
 軽口に微笑みを返せば眉が寄る。俺、自分のそういうとこ好きやない。声を落とさずに言い切るのはユウジの美徳だ。
 人間観察が趣味、なんて言われるとどこの中二かと思うけれど、モノマネのためと目的を定めるユウジのそれは伊達ではない。最早ツーカーの謙也を除けば、己の考えていることを最も深く理解しているのはユウジだろうと白石は思っている。
「おおきになあ」
「何のこっちゃ」
「財前のこと、合宿に引っ張ってきてくれておおきにな」
「あれは財前のためとちゃうで。俺が小春に会いたかっただけや」
「せやな、ユウジが来たんは10割ユウジのためやな。けど、財前連れて来たんは10割財前のためやろ」
 あの時白石が何を言おうとも、きっと財前は初志を覆さなかっただろう。一番大事なもの以外を、すべて切り捨てる。そういう在り方を財前に示してきたのは他ならぬ白石だ。自分らのそういうとこホンマうっとい、全部大事でええやんけ、そう言って憚らないユウジを、だから白石は重宝している。
「……俺、やっぱ蔵のそういうとこ好かんで。別に蔵自身は嫌いやないけど」
「はは、おおきに」
 白石は自分が変わらないことを悟っている。変われないのではない。多分自分は、今後も変わろうと思えないのだろう。軽く返した礼に、ユウジが眼光を鋭くした。
 自分はこれからも変わらない。だからこそ白石は、ほんの少し、ユウジを羨ましく思っている。







「ホンマに四天高受けるん!?」
 放課後の教室での叫び声に小春は眉を顰める。教室には既に己とユウジしかいないし、隠すような話題でもないけれど、大声で叫ばれたいものでもなかった。小春の不機嫌を瞬時に悟ったユウジが、堪忍やで小春愛してる……! と再び叫ぶ。やかましい、とハリセンで頭を殴れば大げさなほどに机に沈む。
「ホンマ堪忍やで……。せやかて、小春仰山推薦の話きとったやん」
「断ったわよ」
「なんでや」
「だって、テニス弱いとこばっかりやったんやもの。それに推薦で私立なんて入ったら勉強しかすることないやないの」
「小春……!」
 なあ、それは、テニスを続けるってことやんな?
 それは幾度となく繰り返されてきた問いだった。なあ小春、高校行ってもテニス続けるやろ? 違うガッコに行ったって、テニスは続けてくれるんやろ? そんな風に何度も問い掛けてきたユウジに、小春はこれまで明確な答えを返してこなかった。焦らしていたわけではない。自分でも決めかねていただけなのだ。
 もともとどの高校に行くにせよ、テニス部に入るつもりではいた。けれどそれはユウジのいう「続ける」ではないだろうな、と考えていた小春が明確に道を定めたきっかけは、己の部長たる白石の言葉だ。
 なあ小春、これからもテニス、続けてくれへんか。そう告げた白石に、小春はすこし、驚いた。蔵リンがそれをアタシに言うの、なんて冗談めかして尋ねれば、俺やから言うんやろ、と白石は苦笑した。
 なあ小春、知ってるか。俺らまだ、15やねんで。
 確かに白石でなければならなかっただろう。その言葉を白石以外の誰に言われても、小春は納得しなかっただろう。小春も白石も、先を見据えて生きるタイプの人間だった。テニスを続けたってどうにもならないと、自分の将来にはなにひとつ影響してこないと、わかっている人間だった。中学の全国大会でベスト4を獲ったところでプロになんてなれない。そういうものを目指してプレイしていける性格でもない。けれど、それでも好きなことをしたって良いじゃないかと、白石はそう告げたのだ。自分たちはまだ、たかだか15歳なのだと。
「……そやねえ。もう少し、続けるつもりよ。テニス」
「……っ小春う……!」
 感極まったユウジに小春は苦笑する。ユウジは未来を考えない。もう少し好意的に表現すれば、今を全力で生きている。それは小春の生き方とは正反対で、けれど多少面倒臭くはあるものの決して嫌いな訳ではない。結果を考えてから行動する小春にとって、ユウジはバランスを取るのに丁度良い相手であった。
「俺、勉強するで! 小春はむっちゃ頭ええとこ行くんやろと思うてたけど、四天高なら俺も160%くらい頑張ればいけるやろ!」
「この時期でそれって壊滅的やない?」
「なに言うてん! 諦めたモン負けや!」
「ほな、頑張ってぇな。手は貸したらんわよ」
「え、ちょ、なんでや小春!」
 慌てるユウジに小春は笑う。もっと馬鹿な生き方をしてみようと思った。だって今は、こんなに楽しい。ユウジと、仲間たちと、テニスをすることがこんなにも楽しい。何の役にも立たなくたって、あとから何を後悔したって、そんなことは今の小春が考えるべきことではないのだ。だって、小春は今の己を好いているのだから。
 馬鹿みたいに生きてみるのだ。もう少し、もう少し、今を全力で。
 小春はユウジの信条を知っている。好きなものを好きだと言えないのは、不幸なことだ。