かえりたい、と財前は心底思った。そもそもどうしてこんなことになったのかがさっぱりわからない。U-17合宿所にて食後に与えられた自由時間を部屋で過ごそうとしていた財前は、突如怪談を始めた日吉に辟易し(怪談が恐ろしかったわけではない、怪談にぎゃーぎゃー喚く切原が鬱陶しかっただけである。ちなみに海堂はランニングに行くと言って逃げ出した)、静かな場所を求めてさまよい辿り着いたのがこの談話室であった。現代的な建物の中に何故かあった和室+こたつに誘われ、ぬくぬくと温まりながらブログをぽちぽちと更新し、そのまま寝入ってしまったのが運の尽きであったようだ。
「なにしてんねん財前、しゃんと起きぃ。こんなとこで寝とると夜ちゃんと眠れんくなるで」
 こたつには当然、四辺が存在する。部屋の入口から最も遠くに座っているのが財前。その両隣の辺に忍足(西)と忍足(東)。そして何故か財前の向かいを陣取っているのは不二オン白石であった。なにこの気持ち悪い光景、と財前が白石を睨み上げればドヤアと笑って手を振られる。イケメン爆発しろ。というかリア充爆発、しろ……? リア充でええのアレ……?
 財前の混乱をよそに、立てた両足の間に不二を抱えた白石(彼氏が後ろから彼女を支えて背もたれになるアレである。おかげでこたつ布団が捲れ上がっていて、寒くて目が覚めたのはこのせいか、と財前の苛つきは増した)は、オカン属性を遺憾なく発揮させて財前をたしなめた。
「俺の睡眠時間より前にもっと気にするべきところがあるやろが……!」
「わお、ノー敬語。白石、君の教育が足りないんじゃない?」
「すまんなあ、それ幸村クンにも言われたわ。最低限土下座まで仕込んでの後輩教育だろ、て。立海は厳しいんやなあ」
「白石が謝ることないで、大方謙也が甘やかしてるんやろ。まだ卒業までに時間あるし、コールくらい教えとけばええんちゃう?」
「無視かいな。……やれっちゅーならやったってもええですけど、白石先輩絶対スベりますよ?」
「え、やってくれるん?」
「ええまあ、謙也さんが。仕込んだります」
「逆やアホ!」
 わめく謙也を適当にいなしながら財前は深々と息を吐く。先日の跡部の試合において、「勝つのは氷帝――!」と叫んだのが銀であり、「勝者は跡部や!」と叫んだのが白石であることを知っていたからだ。何やっとんねん、実は氷帝コールに憧れてたんやろか……いやでも絶対ウチのカラーとちゃうやん、それとも二人ともあのコールをお笑いの一環やと思てるんやろか、まあ笑えるけど……などと考え始めた財前の耳を、ぐいっと謙也が引っ張る。
「……っちゅーか、あいつら来てからずっとあの状態やねんけど。何なんアレ?」
「こっちが聞きたいっすわあ……。あんたらいつ来たんです?」
「おまえが寝とる間に侑士と来てだべってたんや。そしたらすぐに白石たちが来て、あれやで……」
 体裁だけはこそこそと(距離からして間違いなく白石たちにも聞こえているだろう)謙也は財前に耳打ちする。どないする? つっこむ? と問い掛けてくる謙也の足をこたつの中で蹴飛ばし、好きにすればええやん、と財前は返した。
「俺関係あらへんし、白石先輩は3年2組の責任やん。謙也さんがなんとかしたってください」
「丸投げやんか。え、でも俺が責任とれるのはせいぜい白石単体やで、正直それでも荷が重いねんけど……。っちゅー訳で不二は頼むで侑士!」
「なんでここで俺に振るんや。俺かて不二とは何の関係もあらへんで」
「あるやん関係。ホラ、天才とか……」
「なら財前でもええやんか。俺ら天才クラスタやろ、仲良うやろうや……」
「全力で遠慮させてもらいますわ」
「……謙也、後輩の教育がなってないんとちゃう?」
「ループしとるっちゅー話や!」
 ダアンと謙也がこたつを叩いたところでクスリと不二の声が漏れる。財前と忍足(東西)がそちらを見遣れば、不二は白石を見上げて微笑を浮かべていた。先輩らキモいっすわ……と財前が呟いたのはお約束である。

「フフ……。君とこういう風に話をするようになるとは思っていなかったね、白石」
「せやなあ……。お互い試合の時は必死やったからな」
「あの時は、僕が世話になったね……」

「……アカンこれラブシーンちゃうで。ホラーや」
「いや、ああいう愛の確かめ合いかもしれへんやないか。恋愛のカタチは人それぞれや……」
「前から思うとったけどおまえの趣味キモいで。恋愛小説好きの男子中学生て何やねん」
「謙也さんの消しゴムよりはマシなんやないですか」
「おまえは消しゴムの醍醐味をわかってないねん! あんなあ、あのイグアナ型消しゴムはなあ!」
「消しゴムの醍醐味って消すことやろ? ああいう消しゴムって頭から潰すん? それともしっぽから削るん?」
「なんやたい焼きの食べ方みたいっすね……」
「ヒヨコの食べ方言うてえな。……あ、今俺うまいこと言うたんちゃう? 謙也だけに」
「そのドヤ顔むかつきますわあ」
「言いながら写メるんやめえ。どうするんそれ」
「日吉に送ります」
「アドレス交換したん? 愛想ないコやけど仲良うしたってな」
「話聞けっちゅーねん!」
「どうしてもって言うんなら聞いたってもええですけど、結局アレどうするんです?」
 財前がくいと顎で正面を示せば、忘れていたらしい謙也が顔を顰める。あほやんなあ、と溜息を吐けば右手でチョップをかまされた。風呂は済ませたため髪はセットしていないが、気に食わなくて左隣の忍足(東)にデコピンを回せば再度東から西へ目潰しが回る。全く以てアホな光景であった。

「それにしても、君の左腕には驚いたなあ。まさか純金とはね」
「人がぎょうさんおるとこで晒してもて、オサムちゃん怒るやろなあ」
「……僕といるときに他の男の名前を出すのかい?」
「……っ……不二クンっ……!」
「で、なんで君、僕との試合でそれ外さなかったの?」

「……アレ、どこまでがネタでどこからがホラーなん?」
「謙也はホンマびびりやなあ……よっしゃ財前、確かめてこんかい」
「だからなんで俺やねん……」
「四天宝寺の現部長かつ天才クラスタやんか。白石と不二の責任をとるにはぴったりやで!」
「蔵不二か……」
「……忍足さん腐男子すか」
「CP名言うただけで腐男子扱いって厳しいんとちゃう?」
「腐男子って何や。またネット用語か?」
「あ、謙也さんはええです。アホの子のままでおってください」
「せやな。謙也にはちょお早いで、大人の話や。大人の味がわかるようになってから出直すんやな」
「何やねんこの屈辱。ええからはよ突撃してこんかい」
「せやからなんで俺やねん……」
 ぼやきながら財前はどう切り出すべきか考える。突撃って何やねん、ちゅーか何を確かめればええんや……。蔵不二がガチか否か? それどんな罰ゲーム? 知って得すること何かあるん?
「……白石先輩、不二さん」
 声を掛ければ二人がこちらを見遣る。ごくり、と謙也が息を呑んだ。無駄な緊迫感である。
「…………蔵不二ですか、不二蔵ですか」
「「何聞いとんねん!」」
 ステレオタリーズに財前は思わず耳を塞ぐ。謙也さん絶対ノリでツッコんだやろ、意味わかってないやんけ……。そう内心で呟く財前を、流石やなぜんざいP、と忍足(丸眼鏡)が賞賛した。あんたも結局ノリツッコミかい、ちゅーか聞き捨てならんわなんで俺のボカロP知っとんねん……!
 問い詰めようとした財前の腕を、それじゃ聞こえないだろうと言わんばかりに不二が耳から外させる。低体温の財前よりも冷たい指先に背筋がぞくりとした。こたつに入っているにも関わらずステータス:冷や冷やである。

「……君の後輩が知りたいみたいだよ? 僕たちのこと……」
「フッ……まだまだやな財前。そんな質問は無駄やで」
「そうだね……。だって時代はホラ、不二蔵不二だしね」

 聞かなきゃ良かった、と財前は心底思った。白石先輩はいつの間に二次元に詳しくなったんやろ、合宿の成果やろか……と呟く財前は合宿の本質をはじめから見失っている。
「なあ、不二蔵不二て何や。順番に何の意味があるん?」
「あかんでえ財前……。こうなったら最後まで責任取りや」
「けしかけたんはあんたらやないですか。最後までって何やねん」
「最後は最後や。つまり……見届ける」
「アホちゃうん?」
「財前、体裁って結構大事やで? さっきから敬語ログアウトしすぎや」
「敬語って尊敬すべき相手に使うもんやんか」
「二人とも無視すなや! 侑士は財前に何させようとしてんねん」
「そら……財前と幸村くんの部屋を交換させようとしてるんや」
「イジメやないですか?」
「ほな……あの部屋、手塚がおらんくなったからベッド一つ空いてるやん。幸村くんは追い出さんでええからログインせえや」
「より一層イジメやないですか?」
「財前は201号室にログインして何するん?」
「謙也……それを言わせるんか。あかんで、ここは全年齢ゾーンや」
「? ここはU-17やで。全年齢とちゃう」
「謙也さんは黙っとってくれます? それ金太郎並のボケやで」
「あほう、今のはわざとボケたんや! 突っ込まんかい!」
「大阪モンは笑いにうるさくてメンドいなあ……」
「…………」
 あんたも大阪出身やろが、と突っ込まなかったのはひとえに忍足(吐息)の責任を大阪で取りたくなかったからである。侑士の根っこには大阪があるかもしれへんけど、あの仕上がりは東京にかぶれたせいやで(謙也談)。東京に失礼やろ、忍足家の責任は忍足家で取れやと声には出さず突っ込んで財前は溜息を吐く。
「ちゅーかR-15にも引っ掛かる俺をどこにぶち込むつもりやねん。お断りっすわあ」
「財前……気付いとらんのなら教えたるけどな。自分、誕生日過ぎてるやろ? 不二は……ちゅうか幸村くんもやけど……自分と同い年やでえ……?」
「…………え? んなアホな」
「ホンマやで」

「白石……君の後輩、失礼じゃない?」
「堪忍なあ……。やっぱり俺の教育が悪いんやろか。不二クン、後輩の育て方、教えてくれへん……?」
「ふふっ……いいよ。じゃあ、部屋でゆっくり教えてあげようか……」
「ええの? ほな、戻ろか……?」

 これは不二蔵やな……と眼鏡のブリッジをホールドしながらドヤ顔で解説する忍足(A型)をまるっと無視し、白石と不二はすっきりとした顔で立ち上がって伸びをする。
「同じ体勢続けてたから身体ばっきばきや。戻ったらヨガせな」
「100歩譲ってやってもいいけど、服は着てよね。公害だよ」
「え、ウチの合宿では何も言われへんのやけど」
「大阪と一緒にしないでくれるかな」
「まあええわ、とりあえず戻るで。ほな、謙也たちも早いとこ戻るんやでー。財前ブログばっかいじって夜更かししたらあかんで!」
「お邪魔しましたー」
 笑顔でスッとふすまを閉め、立ち去っていく二人を財前たちは呆然と見送る。いや、ネタだってのはわかってたけどもうちょいあるやん、オチとか……と考える財前は根っからの関西人だ。同じことを思ったのか、隣で謙也も首を捻っている。あいつおもんないけど、それでもいつもオチはつけようとするやん……と口にしたところで、スパァンと勢い良くふすまが開く。言い忘れとったけど、と朗らかに告げる白石は明らかに確信犯であった。

「明日を楽しみにしときや財前。今の一幕、幸村プロデュースやで!」