エドワードは東部のサヴァンズという街に滞在していた。これといって有名な産業はないけれど、いくつかの大都会を結ぶ貿易の中継地点として発展してきた、それなりに大きな街である。勿論エドワードとアルフォンスの目的は賢者の石で、今は亡き錬金術師が残した文献を遺族が私立図書館として開放しているため、それを調査しにきた次第だ。
サヴァンズに到着したのは3日前。それからアルフォンスと二人で図書館に籠っているわけだが、現在エドワードがいるのは街の食堂。石の資料を求めて文献をひたすら読み漁っていた結果、例の如くエドワードは食事を忘れ、例の如く弟に叱られて図書館を追い出された。そして現在に至るのである。
「おばちゃん、カレー大盛りで!」
「あいよ!」
どかりと椅子に腰かけて、テーブルの上に無造作に放り投げてあった新聞を引き寄せる。北部が大雪で交通麻痺だと伝える1面記事を読み飛ばし、捲った3面記事にでかでかと写っているのは。
「うさんくせえ笑顔…」
紛れもなく東方司令部のロイ・マスタングで。エドワードは思いっきり顔を顰める。どうやらイーストシティでのテロを未然に防いだらしい。功績を挙げて昇進が近付くのは結構な話だが、こうやって大々的に報道されても敵を増やすばかりだろうに。完璧な笑顔で写真に写っている男が気に食わない。
「派手だよねー、その男。出世頭らしいけど」
突然掛けられた声に驚いてエドワードは顔を上げる。向かいの席に座ろうとする男が目を合わせてにっこりと笑った。ブラウンの髪の優男だが、その仕草は厳格な訓練を受けたそれだ。
――軍人か、元軍人だな。
そうエドワードは思ったけれども、突然声を掛けてきた男の意図はわからない。一瞬戸惑ったけれど、とりあえずは無難に返すことにする。
「知ってんの?」
「そりゃあね、有名人だろ彼。今を時めく東方司令部司令官様。甘いマスクで女性陣を魅了、ってね」
「甘いマスクねえ…」
「否定的だね?」
「ただのタラシの間違いじゃねえ?女と見ればすぐ口説くし、仕事中でも軍の回線使って女と電話してるってもっぱらの噂だぜ」
「でも実力は確かだろ?この若さで大佐だし、先の内戦では随分活躍したみたいだしね」
「内戦で活躍したって褒められるもんじゃねえだろ。大体普段の勤務態度は最悪らしーぞ?」
「そうなの?意外だな。デキる男ってイメージだけど」
「とんでもねー!ひでーぞあれは。仕事はサボってばっかで部下にせっつかれてるし、そのサボリのせいで部下はとばっちり食らうし、見周りと称して女に会いに行ってるし、無能な男だよ奴は!」
「…詳しいね?」
こちらを窺う様な目つきの男に、喋りすぎたかなとひやりとする。世間の風潮が軍に否定的であるから、余計な波風を立てないためにも自分が軍属であることはできるだけ隠しておきたいのだ。
「…知り合いが東方司令部に勤めてるんだよ」
嘘ではない。当の大佐もその部下も、知り合いには違いない。
「その割には随分批判するじゃないか。…嫌いなの?」
試すような口調が気に掛かる。肯定を期待されているのだろうか?どう答えるか迷ったが、とりあえず頷いておくことにする。万一彼が大佐側の人間だったとしても、そのほうがエドワードにとってダメージは少ない。好きだなんて言って本人に伝わってしまったら、エドワードには憤死できる自信がある。
「…まあな、胡散臭いし。あんまり好きじゃない。…そんなこと聞いてどーすんのオニーサン?」
「うーん、ちょっとね。ところで君、少し時間あるかい?いい儲け話があるんだけど」
「…悪いけどにーさんめちゃくちゃ怪しいぜ?どんな話か知らないけど、なんで俺みたいな子供を誘うんだ?」
そう問うと彼は意味ありげに微笑んだ。
「だって君、錬金術師だろう?」
エドワードは絶句する。いつばれた?別にそれは秘密ではないけれど、数分の会話で気付かれる程わかりやすいことを自分はしていたのだろうか?
顔に出ていたのだろう、彼は笑って手を振った。
「違う違う、声を掛ける前から知ってたんだよ。君、この近くの図書館から出てきただろう?あそこは錬金術師しか入館を許可されないって聞いてたんだ」
「…つけてきたのか?」
「人聞き悪いな、偶然だよ。…でも偶然に感謝したい気分だね。実はその儲け話、錬金術師がひとり噛んでたんだけど怪我で降りてしまってね。乗らないか?」
「何をするんだ?」
「金属や壁の錬成を頼みたい。大して難しいことじゃないさ。ただ時間がないから自分たちで地道にやるわけにもいかなくてね」
「報酬は?」
「3日で5万センズ。悪い話じゃないだろう?」
「悪くはないけど怪しい話だな。…目的は?」
男は声を潜めた。聞いたからには断るなよ、彼の眼はそう言う。
「ロイ・マスタングを引き摺り落とす」
エドワードはニヤリと笑った。
――それは関わらない訳にはいかねぇな。
「いいぜ、やってやろうじゃん!」