ごめんな。俺、子供で。
エドワードはカーテンの向こうに耳を澄ませる。あいにくの雨だった。
ハボックの家に泊まった翌日、出勤する彼と共に司令部に顔を出したら執務室に軟禁された。今夜はうちに来るか、なんでもない顔でそう尋ねる司令官に、うんとやっぱりなんでもない顔で自分が答えたら、ハボックがひとりで難しい顔をしていた。それが昨日の話。
ロイの家に泊まるということは、つまりイコールで結ばれるものがあって、それは昨夜も同様で。彼の体温が既に消えたベッドにくてんと横たわって、エドワードは深く息を吐き出す。
憂鬱なのは多分、雨のせいだ。
アルフォンスを探しに司令部に出掛けると本人に出迎えられた。少々ご立腹だ。
「遅いよ兄さん何やってるのさ。今日はアードリーさんのところ、行くんでしょう?」
「ワリ。あいつんちのベッドってふかふかでさあ、つい寝坊すんだよね。あいつも起こしてくれりゃあいいのに」
「大佐なりに気をつかってくれたんじゃないの?イーストシティに来る前より、顔色良くなってるよ」
「…そう?」
気分はよくならないけどな。そんなことをひっそり脳内で呟いて、ごまかすようにアルフォンスに抱き付いた。
「…どうしたの兄さん?なにかあった?」
「なんでもねーよ。うし、おら行くぞ!」
「あ、ちょっと待ってよ!待っててあげたのはこっちなのにさあ…」
にししと笑って駆け出すエドワードに、アルフォンスは溜息を吐く。それでも後ろを付いてくる弟がいとしいとエドワードは思った。
司令部の正門を出ようとしたところで軍用車に横付けされる。運転席から顔を出したのはハボックだ。
「なんだよつれねえな大将。送ってやるって言っただろ」
「あんたは…とことんお人よしだな。だからモテねえんだって言っただろ」
「ちょっと失礼だよ兄さんいくら本当のことでも。あ、でも少尉、仕事は大丈夫?」
「おう…仕事は全く問題ねえが、子供達の暴言に心が折れそうだぜ…」
「子供って言うな!」
「子供は子供だろう」
突然割り込んだ声に驚いて振り向いた。そこにいたのは想像にもれず国軍大佐殿で、アルフォンスが目を丸くした(のだと思う)。呆気にとられているこちらを気にもせずに彼は早足で軍用車の助手席に乗り込んだ。
「なんだ、結局大佐も行くんすか。仕事は?」
「中尉から許可は出た。そこのはねっかえりが何かやらかしてから謝りに行くよりは、ついていった方が楽だからな」
「何もしねーよ」
「いいから早く乗れ。…乗ったか?出せ、ハボック」
「へいへい。行きやすよっと」
小さな小さな声でありがとうと呟いたアルフォンスの声が、エドワードの耳に届いた気がした。
アードリー家で挨拶をして、ありがとうと告げて、いくつかの事務的な話をして。屋敷を出る頃にはもう雨は上がっていて、太陽はかなり高いところに位置していた。眩しさに目を細めたエドワードの頭に掌が乗せられる。
「…んだよ。身長アピールか」
「何をどうすればそうなるんだ」
ロイは苦笑して、エドワードの髪をくしゃりを混ぜた。その笑みの苦さにエドワードは悟る。この男は今、自分を抱きしめたいのだ。
「…ごめんな」
「何がだ?謝るなんて君らしくもない」
「どーゆーイメージだよ。……いろいろと」
「…謝られることではないけどね。そう思うなら、はやく大人になってくれ」
ロイはエドワードの三つ編みを解いて自ら結い直し始めた。その胸中がわかるから、エドワードは彼が選んだ接触を甘んじて受け入れる。それから声にはのせずに謝るのだ。
ごめんな。俺、子供で。
あんたの想いで潰れてしまうほど弱くはないけれど、ひとときでも罪を忘れられるほど強くもない。今の俺は心も体もすべてアルフォンスのために在って、あんたに対してできるのはこの体をほんのちょっとレンタルしてやることくらい。
あんたが好きだよ。だけど全部持っていかないで。俺はまだアルフォンスのために生きなきゃいけないんだ。アルフォンスのために存在したいんだ。この罪をきちんと償わなけりゃ、俺は自分のためになんか生きられない。あんたのために、生きられない。
なあ、待っててくれる?こんなめんどくさい子供だけど待っててくれる?罪を贖って、恋を昇華して、それからあんたを愛すから。
「ほら、できた」
髪を結い直した男はそう言ってエドワードの頭に手を載せた。エドワードは後ろ髪に手をやって、不器用だなと憎まれ口を叩く。
「あ、見てみんな、空!」
飛び込んできた弟の声に空を見上げてエドワードは感嘆する。大空に広がるのは、七色の光のアーチ。
「…早く大人になってくれ」
隣でもう一度しみじみと呟いたロイに、エドワードはふふんと笑ってやった。
「せいぜい苦しんで待ちやがれ!」