夏休み明けの大学の空気がやけに剣呑なものを含んだ喧騒に感じられて、アレックスは疑問を浮かべた。
「騒がしいな」
「あー、なんか不審者が捕まったらしい」
「不審者?」
「怪しい男が敷地内にもぐりこんでたんだってさ。なあ、それより登録する講義決めた?」
4人が揃うのも久しぶりだ。ニコラスに促されるまま、アレックスは学生食堂の椅子に腰掛けた。
「おー、大体はな。救急医療とリハビリテーションとその他諸々」
「リハビリ?物好きな…単位来ないって有名じゃん」
「カンケーねーよ、やりたいかどうかだろ。単位なんてどーにでもなる」
それを言えるから天才だと言われるのだ、とアレックスは思う。ここは腐ってもアメストリス最高峰だ。
自分の凡人たる証明だから、口に出しはしないけど。
「俺全然決めてねーよ。おまえらとテキトーに合わせてテスト前に救ってもらおうと思って」
「オスカーには努力が足りない」
「だって俺そもそも入試でギリギリだったもんよー。4年まで上がってこれたのも奇跡だぜ。親は卒業に8年はかかると思ってる」
「それもどうなんだよ親御さん…」
「アレクはどーすんの」
「とりあえず今年は小児医学メイン」
「じゃあ俺もそれにしよっかな。よろしくアレク様!」
「調子いいなあ…」
「ニコラスは?」
「精神医学」
「ああ、ぽいよなおまえ」
「…どーゆー意味?」
「いやいやなんでもないさノーコメントで」
「つかなんでエドは救急医療だよ、得意分野は再生医学じゃなかったのか?」
「うーん…そうなんだけどさ、やりたいことがあるんだよ」
「何?」
「うん、いやまあ色々…。ま、おいおいな」
ああ、まただ。アレックスは溜息を吐いてニコラスと顔を見合わせる。また流された。
エドワードはいつもそうだ。よく笑うし喋るし人懐っこい奴だけど、肝心なところは踏み込ませてくれない。
自分たちを信用してないとか、そんなことではないんだろうと思う。むしろ彼は誰でも信用し過ぎて危なっかしいくらいだ。けれども彼は誰も頼らない。頼りにしてくれない。
…なあエド、そんなに頼りないのか俺たちは。
「なあ――」
同じ問いを発しようとしたのはニコラスだ。けれどもその時、
ざわり、と空気が揺れた。
「…なに?」
「ああ、例の不審者じゃないのか、あの警備員の間にいるやつ」
「どこ?」
「あ、ホラあれ――」
オスカーが指さした先、食堂の入口では黒髪をひとつに縛った長身が、二人の警備に両腕を掴まれたままきょろきょろと辺りを見回している。
「あ」
目が合った、とアレックスは思った。けれども次の瞬間にそれが間違いだったことを知る。
「――見つけタ!エド!」
はァ?と言わんばかりにエドワードが顔を上げる。瞬時に目を見開いた。
「リン!」
喜色を含んだ驚愕の声に、食堂中の眼がざあっと集まるのを感じる。
――いや、そいつ不審者だろうよ。そんな嬉しそうに話しかけるな。物凄く見られてるじゃないか馬鹿野郎!
「何やってんだよおまえこんなとこで!」
「こっちの台詞ダ!リゼンブールに寄ってから来たんだガ…。弟に会ったゾ!成功したなら言えヨ!」
「あーっ、馬鹿、その話はあと!それよりおまえのオヤジはどーした!国にいなきゃマズいんじゃないのか!」
「小康状態ダ、今はこっちにいた方が安全だから来タ!そーゆーわけでエド、悪いが当分世話になル!」
「……は?」
その時のエドワードの顔はなかなかの見物だった。驚きと呆れと嘲りのミックスの中に、スパイス程度に喜びを加えたらあんな表情になるんじゃないだろうか。
…あとで説明しろよ、という自分達の声は聞こえていないだろうな、と思った。