「馬鹿じゃないのか」
 再会から数分で吐かれた言葉である。自国では滅多にないその遠慮のない発言に、ソレイユは思わず苦笑する。
 交易の街カレリア。ハルモニアに属しながらも本国とは全く異なる街並みを持つこの地の食堂で、ソレイユは偶然出会った少年と共に昼食にありついていた。40近い男が10代の少年に叱られる図、というのはなかなかに目立つ光景だが、昼時をとうに過ぎているせいか客足はまばらである。
「いやだってホラ、ゼクセンとグラスランドも見てみたかったんだよ。ファレナからデュナンならどうせ海を経由するんだから、だったらトランでなくビネ・デル・ゼクセから入るのもいいかなって。ティントの状況も確認したいしさ」
「どうやってティントを通るつもりなんだ。あそこの警備は今、かなり厳重だぞ」
「君こそどうするの」
「僕は幾つか当てがある」
「あ、ホント? 助かったー、よろしくね!」
「馬鹿じゃないのか……!」
 無策を示せば再度叱られる。会話のテンポが心地よく、うっかり笑みを漏らしてしまえば刺々しい視線に釘を刺される。
「笑ってる場合か」
「ごめん、だってさ。君と会うのは久しぶりなのに、なんだか長年の友人のような気がしてくるよね」
「こんな愚かな友人はいない。……それで? まさか供はいるんだろうな」
「あ、うん。今買い出しに行ってもらってる。エストライズを覚えてる? あそこの領主の弟だよ」
「ひとりとか言わないよな」
「ひとりだけだよ。だってぞろぞろ連れ立ってたら目立つじゃないか」
「あんたは存在自体が目立つだろうが……」
 ハア、と呆れたようにため息を吐いて、少年はグラスの冷茶を呷る。公の場で飲酒ができないのは大変だな、とそっと同情した。
「僕の目的は話したよ。それで、君は? こんな戦況の中、『君』があの国へ行く理由はなに?」
 問いかければ、少年は嫌そうな表情を隠しもせずにソレイユを見上げる。
「あんた、わかってたのか。僕が誰なのか」
「前に会ったときは知らなかったけど……。あれから入ってきた幾つかの情報を統合して、なんとなくね。こうして10年以上も経ったのに君の姿は変わらないんだから、当たりだろう?」
「だから驚かなかったのか……」
「それで、君の目的は? トランの英雄殿」
 小声で囁けば、少年――フェンは、食事をつつく手を止めてフォークを置く。不承不承話し出すその姿は、まるで年相応のそれだった。
「僕はあの国となんの関係もない。あの国がどうなろうと僕の知ったことではないし、関与する権利はない。……だけど、あの国には大事な友人がいる。彼に会って、少し話をしようと思っただけだ。関係ないからこそ、話せることもあるだろうから」
「そっか。じゃあ目的は同じだと思っていいね? 僕も君も、『彼』に会いに行くわけだ」
「目的と手段を混同するなよ。……だがまあ、そうとも言えるな」
「じゃあやっぱり道中よろしくね! 君が一緒だと助かるよ!」
「丸め込まれた気分だ……」
 頭を抱える少年に、ひどいなあ、とソレイユは笑う。思わぬ連れに気分は弾んでいた。
 群島、ゼクセン、グラスランド、ハルモニア。幾つかの国を経由して集めた情報は、妹の判断の正しさを証明している。任務の達成に、今や憂慮は抱いていなかった。
「じゃあ、行こうかフェン。これからよろしくね」
 立ち上がって伸ばした右手に、フェンは困ったような表情を浮かべる。ああ、と気が付いて、ソレイユは改めて左手を差し出した。
「……ああ、よろしく」
 今度こそ握られた左手は、ソレイユのそれよりも僅かに温かな体温を宿していた。