テロリストだ。
エドワードは予想が当たったことに嘆息する。どうしていつも敵を呼び寄せるんだあの厄介な大人は。
人数は、ランドルフと名乗ったブラウンの髪の男を含めて8人。いざという時にいっぺんに相手をするのは難しそうだ。けれどもこれまでのところ、全員が一堂に会すことはない。それぞれが役割を分担してばらばらに動いているようだ。
「おー、うめぇもんだなおまえ」
エドワードは現在イアンという中年の男とペアを組んで時限爆弾を設置して回っている。本来はもともといた錬金術師が一人でやる予定だったようだから、イアンは新参者であるエドワードの監視なのだろう。確かに腕は立ちそうだ。もっとも、退役軍人ばかりで構成されているというこの集団はみなが手練のようだけれども。
「まあな、これでも修業したから」
「そうか、わりーなこんなことに使わせちまって」
エドワードは爆弾を建物の壁に埋め込むように設置することを命じられた。万が一爆弾を設置した建物が見つかっても、爆弾そのものを発見されないようにするためだ。
勿論エドワードは命令をそのまま実行するつもりはない。既に何箇所か仕掛けてきたが、全て、錬金術で埋め込む際に配線をいくつか切ってある。いくら人気のないところにでも爆発物を設置するつもりは更々ない。いつ何の拍子で人が入り込んでしまうか知れたものではないからだ。
けれどもそんな思惑は見せずにイアンに笑い掛ける。
「ま、いーってことよ。一般人に危害を加えるつもりはないみたいだしな。あんたたちの目的は反戦なんだろ?んでロイ・マスタングはその足掛かり、と」
「おう。けどおまえ、突然そんなこと言われてよく納得したな」
「うーん…。
イシュヴァールはね、俺も思うところがあるから」
そう言って右手の手袋を外してみせる。イアンは目を細めた。
「機械鎧か…!そうか、悪いこと聞いたな。ランドルフの奴がいきなり連れて来たのが子供だったから正直疑ってたんだが、そういうことなら信用するよ」
「はは、まあ疑われても無理はない状況だろ。ところで教会なんかに爆弾仕掛けちゃっていいの?罰当たりじゃねえ?」
「神なんざいないさ。いるなら俺達も奴もとっくに裁かれてる」
「…そっか」
「あれはとんでもない内戦だった。何人殺したかなんて覚えてねえ、今でも人を殺す夢を見る。
ひとを殺した感覚ってのはな、残るんだよ。ナイフを持ってた腕に。引き金を引いた指に。それから死臭がとれないんだ。残ってる訳なんかねえのにさ、何度も何度も、今でも洗い流したくなるのはしょっちゅうだ。ひとに触るのが怖くて離婚しちまった。ランドルフは婚約者がいたけどやっぱり破棄した、腹ン中にはガキもいたらしいけどな。今は養育費だけ払ってるって話だ。他の奴も大抵そんなもんだよ、戦火で女房失ったりガキを抱き上げらんなくなったり、まともでいらんなくなった奴らばっかりだ。
だからこそ、マスタングは許せない。あの錬金術で何百何千と人を焼いておいて、その功績で人間兵器が今や大佐だと?その上女遊びだなんて、ふざけるにも程があらぁ」
「…うん」
軍の狗として彼のもとに繋がれている身としては、同調も反論もできない。声のトーンを落としたエドワードにイアンが慌てた。
「錬金術自体を責めてる訳じゃねえんだぞ?錬金術よ大衆のためにあれ、だ。おまえはきっといい錬金術師になるよ」
余計にいたたまれない。けれど疑われる訳にもいかない。エドワードは弱く笑ってみせた。
「まあ、俺たちがマスタングを憎むのはそういう訳だ。イシュヴァールの英雄が聞いて呆れる。国民を殺して何が英雄だ、何が国軍大佐だ。殺した人間の数で昇進するような政権なんて真っ平御免だ。軍事国家が何ほどのモンだ。俺たちは武力による平和なんて信じない。人を殺してのうのうと生きている人間なんか信じられない。人殺しが握る権力なんかに屈しない」
語気を強めて、イアンはきっぱりと言い放つ。
違うと声を大にして叫びたかった。彼はそんな人間ではないと叫びたかった。
彼は人間だ。普通のひとと同じく、血に濡れた手に心を痛めているただの人間だ。
彼が何を望んでいるかなんて、何のために権力を求めるのかなんて、聞いたことなどない。
けれどもわかるのだ。彼の目を見れば、後ろ暗い望みなどないことくらいわかるのだ。
言葉に出されずとも、
大切な人たちを守り切ると、この国を変えてみせると、二度とあの戦火を繰り返さないと、
全身全霊で叫んでいることくらい、わかるのだ。
スカした顔も、人を食った笑みも、何もかも気に入らないけれど、
心から信頼していい大人であることくらいわかるのだ。
黙り込んだエドワードに気を使うようにイアンが声を掛ける。
「悪かったな、重い話をしちまって。次行くか」
「……おう」
先に歩き出したイアンに見つからないように小さく手を合わせて爆弾を埋め込んだ壁に押し付ける。
「どうした?」
「なんでもない」
小走りに後ろを付いて行く。壁にうっすらと残したフラメルの紋様に、司令部のメンバーが気付いてくれることを願って。