ランドルフ・モーガン。東部の農家に生まれ、兄弟姉妹はなし。士官学校を経たのちに従軍し、イシュヴァールでは前線に配置される。所属した32中隊は生存者4名。内戦終結後、即座に退役。退役時の階級は少尉。
 軍に残っている資料で確認できたのはそこまでだった。ロイは資料の右肩にあるブラウンの髪をした顔写真を指でピンと弾く。


『大佐、聞こえますか?』
 無線機からハボックの声が響く。
「どうした」
『ブレダに指示されたA-14倉庫にて錬成痕を発見。薄くですが、大将の赤コートの背中と同じマークがあります。どうしますか?』
「フラメルか。彼がテロリスト内部で動いているのは間違いないようだな。壊せ」
『ええ?でもこれ爆弾でしょう?』
「あのガキが爆弾を爆弾のままにしておくものか。平気だ」
『はあ…。了解です』
 作業に取り掛かるのだろう、そこでハボックからの通信は途絶える。ロイが組んでいた脚を下ろして一息吐くと、ツカツカと足音を立ててホークアイが戻ってくる。
「電話でのやり取りのみですが、エルリック兄弟が宿泊していた宿の主人から確認が取れました。エドワード君と共に居たのはランドルフ・モーガンで間違いないようです」
「そうか、御苦労だった」
「今後は如何致しますか」
「放っておこう」
「はい?」
「放っておこうと言っている」
「…向こうは大佐を御指名ですが」
「鋼のが内部にいる」
「だからこそ向かうべきでは?いくらエドワード君でも元軍人が相手では辛いのでは。ましてや複数犯だったら」
「問題ないだろう。爆弾はハボックの隊に任せてあるし、誘拐に関してはブレダが本部だとあたりをつけた場所を探っている。私の出番はない」
「本気で仰っていられますか?」
「勿論」
「でしたら私だけでも向かいます」
「何故だね」
「いくら彼が強くても、子供一人に任せるには重い案件です」
「…どうしても行くというのか?」
「はい」
 どっちが上司だか。今更な台詞を呟きながらロイは立ち上がる。
「……仕方がない。それなら行くとするか、面倒なお子様のお迎えに」
「憚りながら申し上げますと、大佐は少々エドワード君への当たりが厳しいのではないかと」
「そうかね?」
 私にしてみれば君たちの方が過保護なのだが。
 ホークアイは返事を返さずに車のキーを手に取って歩き出した。



 やれやれ、とロイは思う。あの子供は守られることを潔しとする人間ではないだろうに。
 あれは自ら守る人間の眼だ。自ら闘う人間の眼だ。相手が誰であろうと立ち向かう、根っからの戦士の眼だ。
 彼は守られることを厭う。救われることを疎む。
 彼が己に望んでいるのは希望であり、断罪だ。
 ならば彼にそれを与えようと思う。それだけを与えてやろうと思う。
 今彼が自分に望むのは間違っても温かい愛情などではない。そんなものは彼が目的を果たした後で良い。  彼が自分に求めるものが希望なら、今、彼の隣に降りてはならないのだ。
 彼が這い上がろうと自分を見上げているならば、彼を見下ろしてやらなければならないのだ。
 彼が隣に、真正面に、駆け上ってくるために。



「これ以上躊躇うようなら置いて行きますが」
「行くさ。なんで来たのかと叱られるだろうがね」
 ぎゃんぎゃんと喚かれる様を予想してロイは苦笑する。

 ああ、でもそれも悪くはないかもしれない。