「用ってなんだ?設置は全部終わったぜ?」
 既に1発目の爆弾が爆発する時刻を過ぎている。静かなままの街を不審に思ったのだろうランドルフに呼び出されたエドワードは、出来るだけ自然に彼に尋ねた。
「それなんだけど、爆発音が聞こえないんだよね…。君ら、誰かに見つかったりしなかった?」
「そんなヘマはしてないと思うけど」
「そう…。そろそろ2発目の時間だけど」
 流石に隠しきれないか。司令部の人間がちゃんとアルに託した伝言の意味を汲み取って、到着してくれていれば良いのだけれど。
「10秒前だね。…5、4、3、2、1、」

 パアンッ

 破裂音に思わずランドルフと顔を見合わせる。明らかに用意した爆弾とは違う音。

 ――来た!

「俺、ちょっと見てくる!」
「…待って」
 え、と振り向いた瞬間に右腕を掴まれた。瞬間、ランドルフの顔が強張る。
「君…!」
 マズい、と思った。この様子からして、彼はおそらく『鋼の錬金術師』を知っている。

「そうか……始めにこの手袋の下を確認しなかったのが間違いだったな。まさか連れて来た錬金術師がマスタングの秘蔵っ子とはね、エドワード・エルリック?子供だとは聞いてたけどまさかこんなに幼い子供だとは思ってもみなかった…。こうなったら予定変更だな。爆破は無理だろうし、君を人質にしよう」

 ここまでバレては開き直るしかない。エドワードは不敵に笑った。
「確かに俺はエドワード・エルリックだけどね。いつから俺は大佐の秘蔵っ子になったんだ?俺はただの共犯者だぜ、俺を餌にしても大佐は喰いつかないよ、そーゆー教育してるから」
「君がマスタングに?面白いこと言うね。でも別に来ないなら来ないで構わないよ、君の名前は既に売れてる。民衆に大人気の鋼の錬金術師を見殺しにしたとあったら後見人のマスタングの評判は地に落ちる。もともとイシュヴァールの英雄なんてのは賛否両論だからね。
 …ねえエルリック、気付いてた?この建物にも爆弾は仕掛けてあるんだよ、全壊する程度には。ここは隠す必要もないから君には頼まなかったけどね」
「は?でもそんなことしたらあんたも一緒にオジャンだろ。手枷足枷くらいで怯む俺じゃねーぞ」
「だろうね。だから俺も君と残るよ。こうやって君を拘束したまま銃を突き付けていれば逃げられないだろ?俺は君に殺されない限り引かない。軍属でありながら軍に媚を売らず、人を殺せない鋼の錬金術師殿?」
 マズいな、ともう一度思った。存外的確に彼はこちらの情報を掴んでいる。それだけマスタングの周辺を調べていたのだろう、エドワードの顔を知らなかったのが不思議なくらいだ。
 逡巡した後、エドワードは腹を決めた。時間を稼ぐ。司令部メンバーがこちらに来ている以上、この場所が割れるのも時間の問題だ。ならば自分に出来るのはそれしかない、彼を殺さない限り。
「…俺を盾にとってあんたは大佐をどうしたいわけ?」
「どうって。イアンから聞いたんだろ?俺たちは軍事国家を転覆させる。そのためにまずマスタングを軍から排除する。死を以てね」
「ハナっからそれが狙いか…。引き摺り降ろすって言ってただろうが」
「出会い頭に殺人の話をできるわけないじゃないか」
「でもそもそもあんたたちは人殺しに反感を持ってるんだろーよ。殺人で解決してどーする」
「同類なら構わないさ、彼は既に人殺しだ。それに今彼一人を殺せば将来の多くの人が命を落とさずに済む。なら前者を選ぶのは施政者の基本だろ」
「あんたは施政者になる気なんてないじゃないか」
「そう?じゃあ俺はどんな風に見える?」
「死に場所を探してるように見える」
 一瞬、ランドルフは虚を突かれたような表情をした。しかしそれはすぐに笑みに変わる。
「君をマスタングが気に入った訳が少しわかる気がするな。子供のくせに頭はいい」
「探してるんだろ。あんたイシュヴァールで何もかも失った気になって、でも自分からは死ねないからこうやって死ぬ理由を探してるんだろ」
「わかったように言うんじゃないよ」
 ドオンと爆発音が響いた。ランドルフの言うこの建物の爆弾の一つが爆発したのだろう。天井からパラパラと欠片が降ってくる。
「わかんねーよ。俺はイシュヴァールを知らないしあんたの人生も知らない。知ってるのはあの内戦であんたの生き方が変わっちまったらしいって、それだけだ」
「だったら余計なことは言うんじゃないよ」
 ランドルフはエドワードを睨みつける。同じ強さで睨み返す。

「だけど、生きるのって結構苦しくって辛くって、投げ出したくなることが沢山あるってことくらいは俺でも知ってる。わかってる。俺みたいなガキだってそう思う。でもそれでも生きようと思うのは、救いたい人がいるからだ。笑ってほしい人がいるからだ。一緒に笑いたい人がいるからだ。
 俺は馬鹿なガキで、馬鹿な兄貴で。弟と母さんともう一度一緒笑いたかっただけなのに、弟まで巻き込んで間違えちまった。そのツケを弟に払わせちまった。後悔してるよ。めちゃくちゃ悔やんでる。
 でもどーにもなんないじゃん。俺が悔やんでもあいつは助かんないじゃん。だったら這い上がるしかないだろ。
 死んだらお終いじゃねーか、誰も救えないじゃねーか。だから俺は生きるよ。あいつのために生きるよ。
 なあ、死ぬのって結構カンタンだ。あんたが今俺に向けてるその銃を自分のこめかみに当てて、引き金を引くだけでいい。生きる方が何万倍も苦しくてツラくて面倒だ。
 だからあんたが悔やんでるなら生きるべきなんだよ。あんたがあのイシュヴァールを悔やんでるならあんたは生きなきゃいけないんだよ」

 再び破壊音が響く。立て続けにもう一発。多分この建物はもうそんなに長く持たない。

「…今更、何のために生きろと?」

 それでも答えなければならないと思う。彼が少しでも耳を傾けてくれたのならば。

「ばっかだな、あんたが愛した人とその子供のためだよ。それからあんたを知る全ての人のためにだ。
 なあ、生きる理由なんて、ホントはなんでもいいんだよ。でもそれじゃ淋し過ぎるからみんな生きる理由を探すんだ。だったらさ、どうせなら、誰かのために生きたいと思わねえ?復讐とか贖罪とか、そーゆーモンのために生きるのって哀しくなるだろ?切なくなるだろ?
 なあ、罪を犯したって人を愛していいんだよ。血に塗れた手でも愛する人に触れていいんだよ。あんたにはその両腕があるじゃないか。抱き締めた相手の体温を感じられるじゃないか。それって凄く幸せなことだ。その幸せのために生きたっていいじゃないか。
 だって、罪を犯した人間が二度と誰かのために生きられない世界なんて淋し過ぎるだろ?」

 ランドルフの持つ拳銃が僅かに震えた。その隙に手を合わせて拳銃を掴む。銃身がぐにゃりと曲がってランドルフが目を剥いた。再び破壊音。もう崩れる。




「そこまでだ」




 凛、と聞き慣れたテノールが響いた。



 ああ、なんで来ちゃうのかなあんた。確かに伝言はあんたに当てたけどさ、来ない自信があったからそうしたのに。また教育しなおさなきゃ駄目かな、あんたは俺を助けちゃいけないんだって、もう一度。
 彼の後ろから飛び込んできたハボックとブレダがランドルフを取り押さえる。ふう、と息を吐いた瞬間、肩に手を置かれてひどく狼狽した。
 触らないでほしい、安心してしまうから。泣きたくなってしまうから。
 


 あんたの前では泣けない俺を知ってるくせに、どーしてそーゆーことをするかなあんたは。



 安心させるように頭を撫でる掌の持ち主が、どうしようもなく憎らしかった。