「だから、今更だと言っている!」
「君のその台詞こそ、今更だと思うけれどね」
 月日は経てど、勝手知ったるロックアックス城下町。昔馴染みの食堂に顔を出せば、薄情者だと罵られながらも好物が出てくる。町の変わらなさにカミューは柔らかく笑んだ。
 尤も向かいに座るマイクロトフはそんな郷愁に浸る余裕はないようで、盛んに苛立ち混じりの台詞を吐き捨てている。ここまで戻ってきて何を躊躇うというのか、と呆れた声でカミューは問うた。
「では聞くけれど、マイクロトフ。君はいったい何をしにこんなところまで戻ってきたんだい?」
「おまえが連れてきたんだろうが……!」
 ハイイーストの開戦は1ヶ月前のこと。その知らせを追うようにして届いた書状がカミューとマイクロトフへの帰団願だ。正確には、マイクロトフへの騎士団長就任依頼とカミューへの副団長就任依頼である。
 自分たちへこの依頼が届くのは初めてのことではなかった。12年前のデュナン統一戦争後、カミューはマイクロトフと共に騎士団を再建し、それを成し終えてからカミューの故郷であるグラスランドへ旅立った。マウロ騎士団に数年腰を落ち着け、修行を積み、後輩を指導してから再度旅空へ。傭兵をしたり余所の騎士団に顔を出したりしつつ、気付けば40歳も間近である。その間にマチルダ騎士団は着実に成長していたが、いかんせん今のデュナンには人が足りないのである。どうか戻ってきて欲しい、と手紙を受け取るのは一度や二度のことではなかった。それでも帰団しなかったのは、主にマイクロトフが、マチルダへの負い目を感じ続けているからだ。
「そうは言っても、君もわかっているんだろう? 今回はこれまでとは違うだろうに。なんたってハルモニアとの戦争だ」
「わかっている! だが、俺はおまえと共に二度もマチルダを捨てた! そのおまえが、俺に戻れと言うのか」
「言うさ。戻れよ」
「どんな顔をしてあいつらに会えと!」
「そんな顔でいいんじゃないかい?」
「真面目に答えろ!」
 真面目すぎるのもどうかと思うがね、とカミューは溜め息を吐く。捨てたとか捨てられたとか、そんな風に捉えているのは彼のみであろうに。
 尤も、自分たちの帰還を望まぬ者もいるだろう。そちらについては、可能な限り己が対処するつもりでいた。
「アス様が……」
 カミューの言葉にマイクロトフが顔を上げる。
「君の主が困っておられるよ、マイクロトフ」
 目の前の男がぎり、と唇を噛みしめる。そしらぬ顔でカミューは食後の紅茶に口を付けた。
「……おまえはどうだと言うんだ」
「勿論アス様のことは敬愛しているさ。だがわたしの忠誠は、『あの方』のものなのでね」
「居場所も知らないのにか」
「それを言われると痛いな。まあ、見ていろマイクロトフ。わたしは直にあの方に会えるよ」
 くすりと笑うカミューにマイクロトフが不審な目を向ける。
「あの方は別れの挨拶すらさせてくれなかった酷いお方だが、デュナンのこの現状を放っておけるような性格じゃあない。今頃どうせあの城にいらっしゃるに違いないさ」
「……随分と買っているな」
「そりゃあそうさ。どうしたんだいマイクロトフ、君ともあろう人がそんな問いをするなんて」
 ぱちんとひとつ瞬いてみせれば、四十男がやるなキモい、とげんなり返される。相棒のつれない返事は気にも留めず、カミューは軽やかに告げてみせた。
「それが、騎士という生き物だろう?」