「ただいま戻りました、我が主」
赤青のマチルダ騎士団服に身を包んだ二人の騎士が、国王を前に膝を付いて頭を垂れる。その仰々しさに目を瞠った後、アスはくすりと笑って口を開いた。
「おかえり、マイクロトフ、カミュー。……来てくれてありがとう」
「……礼など頂ける立場では」
「貴様の良心の呵責などどうでも良い。本題に移るぞ」
そう言ってシュウは二人をソファに促した。ここは謁見の間ではない、かしこまって話をする必要はなかった。
二人が着席するのを待ってから、アスがシュウに視線を投げる。
「使いの者から話は聞いているが……。おまえたちはマチルダ騎士団の団長・副団長として戻ってきたわけではないんだな?」
「ええ。マチルダ青騎士団、赤騎士団の団長にそれぞれ就任致しました」
「マチルダの青・赤騎士団の団長というのは通常、マチルダ騎士団の副団長ではないのか」
「そこはまあ、戦時の特例ということで。正直なところ、長年マチルダを離れていた我々にその任は重い。今のマチルダの内情を知らない我々にできる最善は、一軍を率いて戦うことのみと判断しました」
「良いだろう」
ぱちん、とシュウは仰いでいた扇子を閉じる。機密保持のため閉め切った室内は暑い。
「ではマイクロトフ、おまえは青騎士団を率いて北へ向かえ。カミュー、おまえの赤騎士団は西だ」
「……西?」
疑問符を浮かべたのはマイクロトフだった。反駁する訳ではないのですが、と前置いて彼は続ける。
「ティントは未だ、戦乱と呼べるほどの状況ではないのでは?」
「今はな。確かに状況が悪いのはハイランドの方だ。だが、ティントは決して悪化させてはならない。血を流さない争いはカミューの方が適任だろう」
「……つまり、死人を出さず、これ以上諍いを広げるな、ということですね?」
「ああ。無論ティントとの話し合いはこちらで進める。決着がつくまでおまえは防衛に徹しろ。多少の怪我人は仕方ないが、決して死者を出すな。デュナンも、ティントもだ」
「……やれやれ。これは重大な任ですね。出戻りの騎士に任せて良いのですか?」
「人手が足りないのでな。クラウスが向かえれば一番良いんだが、あいつは土地柄ハイランドに行くしかない」
「まあ、そうでしょうね。……確かに承りました」
右手を胸に置き、二人揃って深々と頭を下げる。
「マイクロトフは到着次第クラウスの指示に従え。話は通してある」
「承知致しました」
「何か質問は?」
「ひとつだけお願いが」
カミューが片手を挙げる。シュウは視線を遣った。
「水の紋章が足りないのです。勿論備蓄はあったのですが、この騒ぎで今ロックアックスは紋章の流通が滞りがちでしてね。青赤から一部を白騎士団へ融通し、一部を市民に譲渡しました。ロックアックスには白騎士団と戦う術を持たない市民しか残っていませんから。我々は我々の街も守らねばならない」
「……まあ、道理だな。良かろう、必要な数を言え。うちには大量の蓄えがあるし、おまえたちには前線に向かってもらうことになるからな」
「ありがとうございます。紋章師の手配もお願いできますか」
「それは構わないが……。少し待たせることになるな。城の紋章師はあちこち駆け回っているところだ」
「ええ、承知しております。ですから城の紋章師でなくとも構いません」
「……カミュー?」
饒舌な相棒を傍らのマイクロトフが不思議そうに見遣る。アスはにやにやと笑っていた。眉間に皺を寄せ、シュウは晴れやかな笑顔を見せる男に悪態を付いた。
何を言わんとしているかなど聞かずともわかる。かつて、同盟軍の魔法兵団と赤騎士団を組ませたのはシュウ自身なのだ。
「これが目的だったんじゃないか、おまえ」
「とんでもない。……それで、ご案内頂けますか」
――我々の良く知る、あの魔術師のもとへ。